私なら死ぬまでアイドルをやる──嵐の活動終了を見て思ったこと、という話

サラリーマンの独り言

mutoです。

嵐がラストライブを行い、全ての活動を終了したとのこと。

私は嵐のファンではありません。

CDを買ったこともなければ、ライブに行ったこともありません。

知っている曲もそれほど多くないと思います。

そんな私でも今回のニュースを見て、素直に「良かったな」と思いました。

もちろん活動終了そのものが良かったという意味ではありません。

これだけ長く第一線で活躍したグループが、自分たちなりの区切りをつけ、

多くの人に惜しまれながら舞台を降りることができた。

その終わり方が見事だったと思うのです。

国民的人気グループほど終わるのは難しい

考えてみれば、国民的人気グループというのは売れなくなったから終わるのではなく、

むしろ売れているから終われなくなるものです。

スポンサーやテレビ局、事務所、そして何より膨大な数のファンが関わっています。

当然ながら莫大なお金も動いています。

これだけ多くの利害関係者がいる中で、全員が納得する形で幕を引くのは簡単ではありません。

だから大物グループほど、解散騒動や不仲説、あるいは自然消滅のような形になりがちです。

その点、嵐は活動休止期間を経て、最後にライブを行い、ファンに挨拶をし、

自分たちで区切りをつけました。

少なくとも外から見ている限りでは、本人たちも、ファンも、

そして世間も納得しているように見えます。

こんな終わり方ができるグループは、実はそう多くないのではないでしょうか。

同世代だから何となく分かる

実は私自身、メンバーとはほぼ同世代です。

見た目や経歴は全く違いますが、これは事実です。

残念ながら、私はアイドルを経験したことがありません。

そもそも学生時代から女子にキャーキャー言われた記憶もありませんので、

アイドル特有の苦労など分かるはずもありません。

ただ、こちらも残念ながら人生の折り返し地点を過ぎたおっさんの気持ちなら何となく分かります(笑)。

50歳という数字が見えてくると、若い頃には考えなかったことを考えるようになります。

あと何年働くのだろうか。このままでいいのだろうか。次の人生をどう設計しようか。

そんなことです。

体力も少しずつ落ちる。白髪も増える。

健康診断の結果も以前ほど自信を持って見られなくなる。

嫌でも人生の残り時間を意識する年齢です。

だから彼らがどこかで区切りをつけたくなったとしても、私は不思議には思いません。

私なら死ぬまでアイドルをやる

実は結婚10年目にして衝撃的な事実を知りました。

妻が嵐好きだったのです。

10年間一緒に暮らしていて知らなかったのですから、

結婚生活最大級の情報伝達ミスと言っていいでしょう。

危うく夫婦関係にヒビが入るところでした。もちろん入っていませんが(笑)。

そんなこともあり、解散ツアーのニュースが流れた際に、

若い頃の嵐のライブ映像をYouTubeで見てみました。

そして驚きました。

スタジアムを埋め尽くす観客も凄かったのですが、それ以上に圧倒されたのは歓声です。

画面越しですら空気が震えているのが伝わってくるのですから、

現地にいたらどれほどだったのでしょう。

もちろん嵐が人気グループだったことは知っています。

しかし、「知っている」と「目の当たりにする」の間には大きな差があります。

正直なところ、「同じ日本男子として生まれて、この差は何なんだ」と思いました。

怒りと悲しみと絶望です。

私など会社で資料を褒められただけで一日機嫌が良くなる人間です。

あの景色を一度でも見てしまったら、たぶん人生観が変わります。

だから断言できます。

私なら死ぬまでアイドルをやります(笑)。

活動休止もしません。

解散もしません。

70歳になっても踊ります。

80歳になってもペンライトを振らせます。

それくらい魅力的な景色に見えました。

だからこそ、なおさら思うのです。

あの景色を知りながら、自分たちで区切りをつけるというのは凄いことなのだな、と。

普通ならもっとグダグダになっていた

しかも嵐の25年以上が、順風満帆だったわけではありません。

熱愛報道もありましたし、結婚もありました。活動休止もありました。

そして何より、活動休止期間中にはジャニー喜多川氏の性加害問題という、

日本芸能史に残る出来事が起きました。

あの問題によって、長年続いたジャニーズ帝国そのものが崩壊したと言っても過言ではありません。

正直なところ、あの時点で自然消滅してもおかしくなかったと思います。

それでも最後まで嵐として区切りをつけた。

そこは素直に凄いと思います。

むしろ皮肉なことに、ジャニーズ帝国が崩壊したからこそ、

彼らは自分たちで終わり方を決める自由を手に入れたのかもしれません。

Happinessはもうええわ(笑)

そんな私ですが、嵐で一番印象に残っている曲はHappinessです。

ただし、テレビでもCDでもありません。

結婚式です。

私が初めてこの曲を聞いたのも結婚式でした。

そしてその後も、友人、会社関係、親族と、とにかく結婚式で流れ続けました。

何回聞いたか分かりません。

途中からは、「またHappinessか(笑)」でした。

いや、正確に言うと、「もうええわ(笑)」です。

それくらい聞きました。

でも今振り返ると、それだけ多くの人の人生の節目に寄り添った曲だったということなのでしょう。

ファンではない私ですら覚えているのですから。

今からは個人戦である

長い活動休止期間にもかかわらず、ファンクラブは盛況だったと聞きます。

もちろん全員が最後のライブに参加できたわけではないでしょう。

それでも最後のライブを行い、最後の挨拶をし、嵐として終わった。

本人たちも納得している。

ファンも納得している。

世間も納得している。

そんなふうに見えます。

嵐は終わりました。

しかし、嵐というグループが終わっただけで、メンバー個人の人生は終わりません。

そして、それは私たちも同じです。

嵐という看板を下ろした彼らは、言ってしまえば晴れてこちら側の人間になりました。

そう、40代後半から50代へ向かう、おっさん側です(笑)。

もちろん本人たちはそんなことを考えていないでしょうし、

私と人生を競っているつもりもないでしょう。

しかし私は勝手に競います。

かなり本気で競います。

アイドルとしての勝負は終わりました。

ここからは個人としての勝負です。

どんな仕事をするのか。

どんな家族を築くのか。

どんな年齢の重ね方をするのか。

そして最後にどんな終わり方をするのか。

結局、人間の評価というのはそこに集約されるのではないでしょうか。

私は満員のスタジアムで黄色い歓声を浴びたことなどありませんし、これから先もありません。

そもそも若い頃からありませんでした。

活動のステージも規模もまるで違います。

それでも最後の評価軸だけは同じです。

「ああ、悪くない人生だったな」

と思って終われるかどうか。

嵐の元メンバーたちは、たぶんそんなことは意識しないでしょう。

でも私は意識します。

強烈に意識します(笑)。

だから私は勝手に競います。

人生の終わり方だけは負けたくない。

もちろん向こうは勝負しているつもりなどないでしょう。

でも、そんなことは知りません(笑)。

嵐は今日で活動終了です。

しかし人生はまだ終わっていません。

だから本当の勝負は、むしろここからなのかもしれません。

今日のところは、以上!

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