田中みな実と亀梨和也の結婚を見て思う。局アナからフリー転身した女性たちの「頂点」とは、という話

サラリーマンの独り言

mutoです。

田中みな実が亀梨和也と結婚した。

私の人生にとっては、正直言って1ミリも関係のない話である。

明日の仕事が変わるわけでもなければ、我が家の家計に影響するわけでもない。

冷静に考えれば誰にとってもそうであるはずなのに、

それでも、世間ではかなりの話題になっているらしい。

ここ数年、私はいわゆる地上波テレビというものをほとんど見ていない。

それでも田中みな実という名前だけは知っていた。

局アナからフリーへ転身し、写真集をヒットさせ、美容のカリスマとなり、ドラマにも出演する。

そして最後には、元ジャニーズのトップアイドルである亀梨和也との結婚。

人の人生に点数をつけるような下衆な趣味はないつもりだが、

それでも「見事な人生だな」と思わずにはいられない。

局アナからフリーへ。その後の人生は千差万別だ

局アナウンサーという仕事は、会社員でありながら芸能人でもある、少し特殊な職業だ。

差別っぽく聞こえてしまえば大変申し訳ないが、太くて短い職業であることは事実だと思う。

そして、局を離れた後の人生は実にさまざまである。

報道キャスターとして活躍する人もいれば、タレントになる人もいる。

実業家の妻になる人もいれば、相撲部屋のおかみさんになる人もいる。

もちろん、幸せの形に優劣はない。

ただ、華やかさという点だけで見れば、田中みな実は局アナ出身者の中でも、

いわゆるK点越えを綺麗な着地を見事に決めた一人だと思う。

学生時代にいた「全部欲しい女子」を思い出す

私が学生だった頃、今で言う「スクールカースト上位」の女子がいた。

勉強もできる。クラブ活動でも活躍する。恋愛も全力。先生からの評価も高い。

彼女たちは、どれか一つを選ぶのではない。全部欲しがっていた。

そして、その欲望を隠そうともしなかった。

当時は「肉食系女子」という言葉すらなかったが、今思えば、

彼女たちは間違いなくそういう人種だったのだろう。

だが、多くの人は人生を重ねるうちに少しずつ落ち着いていく。

自分の限界を知ったのかもしれない。

もっとすごい人に負けたのかもしれない。

あるいは、単純に戦いに疲れたのかもしれない。

理由は分からない。

ただ、二十代の頃にあれほどギラギラしていた人たちも、

四十代になる頃には驚くほど普通の人間になっている。

それは敗北ではなく、ごく自然なことなのだと思う。

田中みな実は、最後までリングを降りなかった

もちろん、私は田中みな実さん本人の人生や価値観に深く踏み込むつもりはない。

ただ、外から見ている限り、彼女は仕事だけではなく、恋愛も含めて

常に華やかな話題の中心にいた人だったように思う。

局アナ時代から注目を集め、フリー転身後は美容、写真集、ドラマ出演と

次々に新しい世界へ進んでいった。

そして、恋愛報道が出るたびに世間を騒がせ、今回の亀梨和也さんとの結婚によって、

その物語はひとつの頂点を迎えた。

私は彼女を見ていると、ときどき歴史上の人物を思い出す。

豊臣秀吉。

松下幸之助。

田中角栄。

もちろん、時代も性別も分野もまったく違う。

だが、「まだ足りない」「もっと上へ」と進み続ける人間特有のエネルギーには、

どこか共通するものを感じるのである。

もし彼らが令和の時代に生まれ、女性として芸能界やメディアの世界に身を置いていたなら、

案外、田中みな実のような生き方をしていたのではないか。

そんなことを考えてしまう。

食物連鎖の頂点に立ったメスライオン

私は、田中みな実さんを「勝ち組」という言葉だけで片づける気にはなれない。

華やかな笑顔の裏には、仕事の競争、美容への執着、年齢との戦い、

世間の視線など、想像もつかないようなプレッシャーがあったはずだ。

多くの人が途中でリングを降りる。

それは弱さではない。

むしろ、普通のことだ。

だが、ごく稀に、何十年も戦い続ける人間がいる。

傷だらけになっても、勝ったり負けたりを繰り返しながら、

最後までリングの中央に立ち続ける人間がいる。

田中みな実は、そういう人なのかもしれない。

局アナという肩書きを飛び越え、美容、芸能、恋愛と、

常に華やかな話題の中心を走り続けてきた彼女。

人生という食物連鎖の頂点に立ったメスライオンが、この先どのような人生を送るのか。

おそらく私の人生には何の関係もないのだろう。

それでも、野生動物を見るような感覚で、

少し離れた場所からその生き様を眺めていたいと思うのである。

今日のところは、以上!

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