mutoです。
少し前ですが、ゼッテリアへ行ってきました。
ロッテリアが屋号を変更したハンバーガーチェーンです。

正直なところロッテリア時代の味はあまり覚えていませんが、
食べてみた感想としては「マクドナルドより美味しいな」というものでした。
さらに、自宅の近所にはバーガーキングもできました。

こちらも二度ほど利用していますが、やはりマクドナルドよりは美味しいと思います。
肉の存在感がありますし、全体的な満足感も高い。
念のため言っておきますが、私はマクドナルドが嫌いなわけではありません。

十分に美味しいと思います。
また、子供がいる家庭としてはハッピーセットに何度も助けられています。
ただ店舗数が圧倒的なので、どうしても比較対象になってしまうのです。
しかし、ゼッテリアやバーガーキングを食べるたびに、私は同じ感想にたどり着きます。
確かに美味しい。
でも、その先がないのです。
少し豪華なセットを頼めば1,500円を超え、内容によっては2,000円近くになることもあります。
もちろん肉はジューシーですし、野菜もマクドナルドに比べると多い。
食べ応えもあります。
ただ、その差額を払うほどの価値があるかと聞かれると、私はどうしても首をかしげてしまいます。
どこまで行ってもハンバーガーセットだからです。
飲み物はコーラで、サイドメニューはポテト。
もちろん違いは分かります。
しかし、その違いに強い情熱を持てるかというと、どうもそうではありません。
おそらく私にとってハンバーガーは「食事」であって、「趣味」ではないのでしょう。
世界の大谷翔平が愛するハンバーガー?
そんな私ですが、一度だけ期待値が天井まで跳ね上がったことがあります。
会社の出張でロサンゼルスへ行ったときのことです。
現地をアテンドしてくださった方が、
「大谷翔平選手も大好きなハンバーガー屋さんがあるんですよ」と教えてくれました。
その店こそが、In-N-Out Burgerでした。

なお、この記事を書いている時点で、
大谷選手が本当にIn-N-Outを大好物としているのかまでは裏取りできていません。
過去に好物として名前を挙げたという話は見かけましたが、もし事実と違っていたらご容赦ください。
もっとも、その場の私はそんな細かいことを気にしていませんでした。
世界の至宝・大谷翔平が愛するハンバーガーです。
期待するなという方が無理でしょう。
もしかしたら年俸100億円クラスの人間しか食べられない特別なハンバーガーなのではないか。
値段もとんでもないのではないか。
あるいは高級レストランのような店構えで、スーツ着用必須なのではないか。
今思えば何を考えていたのか分かりません。
しかし、それくらい期待していたのです。
ところが実際に到着してみると、そこにあったのは極めて普通のハンバーガーショップでした。
店内はカジュアルで、客層も普通。価格も普通です。
私は心の中で静かにつぶやきました。
「あれ?」もちろん美味しかったですよ。
アテンドしてくださった方にも「さすがです!美味しいですね!」と言いました。
それは嘘ではありません。
ただ、本音を言うと、ここだけの話です。
私はマクドナルドとの違いがよく分かりませんでした。
いや、違いはあるのでしょう。
ハンバーガー好きの方なら語れるのでしょう。
ただ、私の舌では「美味しいハンバーガーだな」以上の感想が出てこなかったのです。
シェイクシャックでも感想は変わらなかった
その後、日本上陸時に大きな話題となったShake Shackにも行きました。

こちらも確かに美味しかった。
しかし感想はやはり同じでした。
美味しいことは分かる。違いも分かる。でも、その違いに熱狂するほどではない。
ハンバーガー好きの人が聞いたら怒るかもしれませんが、
私の感覚では「美味しいハンバーガーの範囲内」に収まってしまうのです。
そして、そのことについて少し考えるようになりました。
ChatGPTの答えに妙に納得した
ある日ふと思い、ChatGPTに聞いてみました。
「アメリカ人はそんなにハンバーガーの違いを感じているのか?」
すると返ってきた答えが妙に腑に落ちたのです。
「アメリカ人も、日本人のラーメンへのこだわりがよく分からないのだと思いますよ」
なるほど、と思いました。

確かに日本人はラーメンについて驚くほど熱く語ります。
豚骨か醤油か、家系か二郎系か、麺の太さはどうか、スープの深みはどうか。
同じラーメンというジャンルの中で、実に細かな違いを楽しんでいます。
しかし海外の人から見れば、「結局どれも麺とスープでは?」と思われている可能性があります。
そして、それは私がハンバーガーに抱いている感覚とまったく同じなのです。
人は自分の文化の中で価値観を作る
考えてみれば当然の話なのかもしれません。
私たちは日本で生まれ育ち、小さい頃からラーメンを食べてきました。
だから違いが分かるし、その違いに価値を感じることができます。
一方でアメリカ人にとっては、ハンバーガーがそういう存在なのでしょう。
幼い頃から食べている。お気に入りの店がある。地域ごとの特色もある。
だから細かな違いを楽しめる。
そこに優劣はありません。ただ文化が違うだけです。
私がラーメン屋でスープの違いを語るように、アメリカ人はハンバーガーの肉やバンズについて語る。
その対象が違うだけで、やっていることは案外同じなのかもしれません。

たかがハンバーガー、されどハンバーガー
人それぞれ価値観があります。もちろん良いとか悪いとかの話ではありません。
私にとっては「そこまで違うか?」と思うハンバーガーも、
誰かにとっては人生を語れるほど大切な存在なのでしょう。
逆に私たち日本人が熱く語るラーメンも、
海外の人から見れば「どれも似たようなものでは?」と思われているのかもしれません。
たかがハンバーガー。されどハンバーガー。
たかがラーメン。されどラーメン。
しかし、ハンバーガーとラーメンの話から、私はひとつ学びました。
人は自分が育った文化の中で価値観を作るということです。
だから相手のこだわりが理解できなくても不思議ではありません。
むしろ大切なのは、「なぜその人はそこに価値を感じるのだろう」と
想像してみることなのかもしれません。
今回、私はハンバーガーを通じて、ほんの少しだけ異文化理解というものに触れました。
まさかファストフードを食べながらそんなことを考えるとは思いませんでしたが、
案外こういう何気ない体験こそが、自分の世界を少しだけ広げてくれるのかもしれません。
今日のところは、以上!


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