君は、80年代後半~90年代のプロ野球を覚えているか?──元木大介さん、本当に申し訳ありませんでした、という話

君は○○を知っているか!

mutoです。

暗黒時代の甲子園

最近、プロ野球の観戦チケットがなかなか取れないらしい。

人気カードともなれば争奪戦で、球団公式サイトにアクセスが集中するという。

80年代生まれ、90年代に熱心に甲子園球場へ通っていた私からすると、まるで別世界の話だ。

当時の甲子園は今とはずいぶん雰囲気が違っていた。

外野席は自由席は人気カードでなければ好きな場所に座れたし、

今のように若い女性や家族連れで埋め尽くされる光景もなかった。

代わりにいたのは酒臭いおじさんと、ガラの悪いおじさんと、もっとガラの悪いおじさんである。

そして忘れてはならないのが、阪神が暗黒時代の真っ只中だったという事実だ。

期待して球場へ行く。

今日は勝てるかもしれないと思う。

しかし気が付けば試合は劣勢で、スタンドの空気は少しずつ野球観戦から

ストレス発散大会へと姿を変えていく。

私の記憶が正しければ、当時は試合終盤になると外野席への入場もかなり緩かった。

正式な運用だったのか、もぎりのお兄ちゃんが面倒になっていたのかは分からない。

ただ、7回を過ぎる頃になると、どこからともなく人が増えるのである。

そして現れる。

さらなる上流階級の、酒臭い紳士たちが。

彼らは阪神を愛していた。

そして同じくらいヤジを愛していた。

小学生は環境に染まる

そんな環境に小学生が放り込まれたらどうなるか。

今なら簡単に想像がつく。

周囲の大人たちが飛ばすヤジを覚え、それを真似し、さらに褒められることで強化される。

教育学的に何というのかは知らないが、少なくとも私は見事にその過程をたどった。

「坊主、なかなか言うやないか」

小学生男子など、その程度で十分である。

私は完全に勘違いしていた。

野球観戦とはそういうものだと思っていたのだ。

私が一番ヤジった男

一番私がヤジったのは、球界の曲者・元木大介選手だった。

今になって思えば、あれはヤジとかいうレベルではない。

当たり前だが元木さんは何も悪くない。

確かに意中の球団ではなかったという理由で彼は一度プロ入りを見送った。

しかしそれは自分の人生とキャリアを真剣に考えた結果であり、むしろ立派な行動だったと思う。

当時の私より、なんなら今の私より遥かに立派である。

ただ、当時の阪神ファンにそんな理屈は通用しない。

格好のネタだった。

今で言うなら、炎上案件が向こうから歩いてくるようなものである。

当然、外野席のおじさんたちは放っておかない。そして私も放っておかなかった。

というより、一番嬉しそうに便乗していたのが私だった。

今なら絶対に書けない

当たり前だが、私は元木さんから何の被害も受けていない。

話したこともなければ、サインを断られたこともない。人生において接点と呼べるものは何一つない。

それにもかかわらず、私は彼を全身全霊でヤジっていた。

そして大変申し訳ないのだが、当時私が喉を枯らして叫んでいた内容は、

到底令和の今、ブログには書けるような内容ではない。

コンプライアンス的に無理である。

いや、それ以前に人として無理である。

もし今の私がタイムマシンで当時の甲子園へ行き、外野席の少年時代の自分を見つけたら、

「お前、それはさすがにやめとけ」と言うと思う。

もっとも本人は聞かないだろう。

周囲のおじさんたちが、「もっと言うたれ!」と煽っているからである。

野球より面白かったもの

もっとも、こういう楽しみ方をしていたのは私だけではないと思う。

だって、あの頃のプロ野球ファンに聞きたい。

みのもんたさんのナレーションで放送されていた「プロ野球珍プレー好プレー」で、

本当に好プレーだけを楽しみにしていただろうか。

正直に言おう。

私は珍プレー、いや、正確には乱闘シーンを待っていた。

応援団同士の揉め事も含めて、球場には妙なライブ感があった。

今思えば、乱闘している人たちも、それを面白がって見ていた私たちも、

野球そのものは半分くらいしか見ていなかったのかもしれない。

球場という巨大な娯楽空間を楽しんでいたのである。

その証拠に、私は50歳が見えてきた今でも野球のルールをたぶん8割くらいしか理解していない。

そんな人間が、当時は選手に偉そうなヤジだけは飛ばしていたのだから、本当にどうかしている。

勝つより満足していた日

正直に言おう。

当時の私は、阪神が勝って六甲おろしを歌って帰る日よりも、思う存分ヤジを飛ばし、

喉を枯らして帰る日の方が満足度は高かった。

もちろん今思えば最低である。

しかし周囲を見渡せば、同じような顔をした大人たちがたくさんいた。

彼らは試合終了後になると、「今日はこれぐらいで許したるわ」という顔で帰っていく。

どう考えても許される側なのだが。

たぶん当時の甲子園は、野球場であると同時に巨大な吉本新喜劇の舞台装置でもあったのだと思う。

今の阪神に興味が湧かない理由

だから今の阪神には、正直あまり興味が湧かない。

誤解しないでいただきたい。

強いのは素晴らしいことだ。球場も綺麗になったし、女性客も増えた。

家族連れでも安心して観戦できる。昔よりずっと健全である。

それは間違いない。

ただ、私が通っていた頃の甲子園とは、もはや別の生き物なのだ。

あまりにも洗練されてしまった。あまりにも健全になってしまった。

元木さん、本当にすみませんでした

今の私にはかわいい子ども達がいる。

もしタイムマシンが発明されたとしても、

元木大介さんに向かって喉を枯らしながらヤジを飛ばしている小学生の私を、

自分の子どもたちにだけは絶対に見せたくない。

あまりにも英才教育すぎるからである。

30年以上前の話ではあるが、

令和の今、二児の父親となった私は改めて申し上げたい。

元木大介さん。

あの時は本当に申し訳ありませんでした。

あなたは何も悪くありませんでした。

悪かったのは面白がっていた我々です。

特にその中でも、小学生にもかかわらず妙に声が通った私です。

私に悪意はありませんでした。

ただ知性もありませんでした。

今日のところは、以上!

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