身近な人のタトゥーを見てギョッとした。そういう時代なんだな、ということを理解しようとしながら改めて冷静に考えてみた、という話。

サラリーマンの独り言

mutoです。

■立て続けに「ギョッとした」

先日、美容院に行った時のこと。
担当してくれた店員さんの腕にタトゥーが入っていて、思わずギョッとした。

その人はめちゃくちゃ愛想がよく、

まさに気持ちよい接客をしてくれていたから、なおさら。

余計に頭が追いつかない。

さらに数日後。

息子の保育園のお友達のお父さん。
水遊びで短パン・サンダルだったのだが、足にタトゥーが入っていた。

またギョッとした。

短期間で2回連続。
さすがに印象に残る。

ちなみに、その昔、自分も入れようと思ったことがあったことだけは

黒歴史だけど告白しておきます(笑)

■やっぱり慣れない

正直に言うと、まだ慣れない。

「もう普通だよ」と言われても、
感覚としては引っかかるものがある。

別に否定したいわけではない。
ただ、違和感はある。

これはもう仕方ないと思っている。

■無理に理解する必要はない

こういう話になると、

「海外では普通」
「ファッションの一部」
「価値観をアップデートしよう」

みたいな流れになりがちだが、
正直、そこまでしなくていいと思う。

違和感は違和感のままでいい。

無理に寄せる必要はない。

■ただ、一つだけ思ったこと

今回の件で一番思ったのはこれ。

「ああ、もう身近にいる時代なんだな」

美容師だけじゃない。
保育園の父親。

普通に働いて、家庭を持って、子どもを育てている人の中にもいる。

これが現実。

■距離感はこれくらいでいい

だからといって、受け入れようとは思っていない。

でも、「珍しいものを見る目」はやめようと思った。

昔はもっと特別な存在だった気がする。

今は違う。

ただそこにいる人の一要素。

それくらいでいい。

■自分の子どもが入れたらどう思うか

ここまで考えて、ふと一つ思った。

「じゃあ、自分の子どもがタトゥーを入れたいと言い出したらどうするか?」

少し考えてみた。

結論はシンプル。

成人して、自分で稼いだ金で入れるなら、何も言えない。

それはもう、その人の人生だと思う。

ただし。

入れることで失うものの大きさについては、
かなりしつこく語ると思う。

もし「後で消せるよ」なんて言われたら、
少しあきれながらこう言うはずだ。

「後で消すかもしれないものに、金と時間を使って、わざわざ痛い思いをする意味はどこにある?」

これもまた、とうとうと語ると思う。

そして最後に、たぶんこう思う。

「ああ、自分の子育てはどうだったんだろうな」と。

ただし。

学生のうちに、親の金でやるなら話は別。

これは正直に今から言っておく。

たぶん全力で殴る(笑)

正直、シールぐらいで止めておいてほしい。

今日のところは、以上!

コメント

タイトルとURLをコピーしました