mutoです。
私は、飲み会などのちょっとした集まりに誘われて、「行けたら行く」と返事をする人が嫌いです。
嫌いというより、基本的に信用しません。
特に、「仕事がどうなるか分からないから、行けたら行く」という人。
そんなに忙しいんですか?
そして、その程度の予定すら自分で仕切れないんですか?
私はそう思ってしまいます。

自分の結婚式でも「行けたら行く」と言いますか?
自分達の結婚式を挙げる時パートナーに「仕事が入るかもしれないから行けたら行くわ」と言いますか?

親の葬式でも「仕事がどうなるか分からないから、行けたら行くわ」と言いますか?
もちろん、「飲み会と結婚式や親の葬式では事情が違う」と言われるでしょう。
そんなことは分かっています。重要度が違うのは当たり前です。
でも、その時間を確保し、実行するという本質は変わりません。
つまり、あなたは予定を決められないのではない。
決める予定と、決めない予定を選んでいるだけです。
だったら飲み会の優先順位が低いなら、「今回は欠席します」と言えばいい。
それだけの話です。
「急な仕事が入るかもしれない」は全員同じ
「急な仕事が入るかもしれない」「子どもが熱を出すかもしれない」
そういうことを言う人がいます。
当たり前です。そんなことは誰にでもあります。
仕事のアポを取るとき「震度7以上の地震が来たらたぶん行けません」と事前に連絡しますか?(笑)
「行けたら行く」ということを言っている人はそれと同じことをやっているのです。
「行けたら行く」は、自分だけ選択肢を残している
私には「行けたら行く」が、
「今は約束したくない。でも当日暇だったら参加させて」に聞こえます。
行くと決めれば、その時間は拘束されます。
後からもっと面白そうな誘いが来ても、「先約があります」と断らなければならない。
だから決めない。自分だけ選択肢を残しておく。
でも、その不確実性を引き受けるのは幹事です。
店を予約する。人数を確定する。席を押さえる。キャンセル料を気にする。
そういう負荷を、自分の優柔不断さで幹事に押し付けていることを自覚するべきだと思います。

「仕事が忙しい」と言う人ほど、本当に仕事ができるのか
そして、私の経験上もう一つ思うことがあります。
「仕事が忙しくて予定が分からない」
と言う人ほど、冷静に見ると、そこまで大した成果を出していない。
会議が多い。メールが多い。残業している。毎日バタバタしている。
そのこと自体はたぶん事実でしょう。
そして、その忙しさに酔っていることと、仕事をさばけていないこと。
このことも残念ですが事実だと思います。

忙しさは成果ではありません。
仕事ができる人とは、忙しい人ではなく、何をやるのか。何をやらないのか。
誰に任せるのか。いつまでに終わらせるのか。
それを決めて、仕事を前へ進められる人だと思っています。
↓「何をやるか」より「何をやらないか」を決める、という意味では『エッセンシャル思考』はかなり近い考え方です。
あなたは売れっ子芸能人ですか?
あなたがどうしても仕事が仕切れないような、分刻みでスケジュールの変わる売れっ子芸能人なら、まだ分かります。

でも、たぶん違いますよね。
忙しいのかもしれません。
でも、その忙しさは本当に、
「あなたにしかできない仕事が殺到しているから」なのでしょうか。
これは私自身も含めてですが、世の中の仕事の99%は代わりが利きます。
会社員が一人休んでも会社は動きます。異動しても誰かが引き継ぎます。エースが退職しても会社は回ります。
もし本当に、「自分がいなければ仕事が回らない」のであれば、それは逆に不味いことだと思います。
仕事を属人化させているわけですから。
あなたが忙しいことと、あなたにしかできない仕事をしていることは別の話です。
自分主導なら守る。他人主導なら守らない
そして、私が一番信用できないのはここです。
自分の結婚式なら予定を空ける。
自分の家族旅行なら仕事を調整する。
自分が行きたいイベントならチケットを取る。
でも、他人が主催する飲み会になると、「行けたら行く」。
つまり、自分主導の予定なら守る。でも、他人主導の予定なら自分の都合次第。
私は、人や要件によって行動の軸が変わる人を信用しません。
たとえば、新幹線の指定席を予約したとします。
ところが駅へ行ったら、
「今日はVIPのお客様が来たので、あなたには乗っていただけません」と言われた。
そんな鉄道会社を信用しますか?
人間関係だって同じです。
上司との約束だから守る。偉い人との会食だから空ける。自分の旅行だから仕事を調整する。
でも、友人との約束なら「行けたら行く」。
もちろん、優先順位は違っていい。
しかし、約束や相手をどう扱うかという基本姿勢まで変わる人を、私は信用できません。
いつ自分が「雑に扱っていい側」に回されるか分からないからです。
「レッテルを貼るな」と言われても、それを作ったのは自分
ここまで書くと、
「飲み会の返事くらいで人間性や仕事の能力を判断するな」「レッテル貼りだ」
と言われるかもしれません。
もちろん、一度の言動だけで人間のすべてが分かるとは思いません。
ただ、人間は何を見て他人を信用するのでしょうか。
心の中なんて見えません。見えるのは行動です。
約束を守る。期限を守る。返事をする。人によって態度を変えない。
そういう小さな行動を何年も積み重ねて、「あの人なら大丈夫だ」という信頼ができる。
逆も同じです。
その評価につながる行動を起こしたのは、自分です。
信頼を築くのは大変です。壊すのは一瞬です。
たかが飲み会。だからこそ、その人が出る
社長との面談なら誰だって予定を空けます。
大口取引先との商談なら遅刻しません。重要な会議なら返事をします。
そんなものは当たり前です。
むしろ、その人が出るのは、
友人との飲み会。後輩との約束。幹事への返事。
自分にとって、それほど得にならない場面です。
そういうところでも相手を雑に扱わない人を、私は信用します。
飲み会に行きたくなければ、行かなくていい。
たかが飲み会。「今回は欠席します」でいいんです。
行くなら行く。行かないなら行かない。
分からないなら、いつまでに返事するかを決める。
そして、一度決めたら原則として守る。
それくらいは自分で仕切れる大人でありたい。
そして、「仕事が忙しいから決められない」
と言う人を見ると、私はどうしても思ってしまいます。
忙しいから決められないのではない。
決められないから、いつまでも忙しいんじゃないですか?
今日のところは、以上!


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