最近、どうにも理解できないものがあります。
YouTubeやXでの「謝罪」です。

芸能人やYouTuber、インフルエンサーが何か問題を起こす。
すると、「今回の件について」「皆様にお伝えしたいことがあります」
みたいなタイトルで、神妙な顔をした謝罪動画が公開されます。
Xなら、「この度は皆様にご心配、ご迷惑をおかけし……」と長文が投稿されます。
これを見るたびに思うんです。
そもそも、その案件、世間に対する謝罪が必要ですか?
大体の案件、世間に謝る必要なくないですか?
もちろん、世間に謝るべき問題はあります。
企業が多くの消費者に損害を与えた。個人情報を大量に流出させた。公共に対して大きな迷惑をかけた。
これは分かります。
実際に多くの人が影響を受けていますから。
でも、YouTubeで「謝罪動画」とされている案件はどうでしょう。
私の感覚では、大体の案件は「否」です。
まあ、全部を見たわけではありません。
というより、そんなものを全部見る気もありません。
ただ、サムネイルやニュースで知る範囲では、
「それ、私に謝る必要あります?」と思うものがほとんどです。
誰かを傷つけたのなら、その人に謝えばいい。
お金の問題なら弁償すればいい。
仕事上の問題なら、必要な責任を取ればいい。
それでいいじゃないですか。
なぜそこで突然カメラを回して、「皆様、本当に申し訳ございませんでした」となるのか。
皆様って誰ですか。
少なくとも私は入れなくていいです。
というか、入れてくれるな。
↓この作品、今となってはかなり先を読んでいたと思えてなりません。
知らない人から突然謝られたら怖いですよ
現実世界に置き換えてみると、結構すごい話です。
普通に道を歩いている。
すると突然、知らない人が目の前で立ち止まる。
そして神妙な顔で、「この度は、本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げられる。

怖いですよ。
「誰?」「私、何かされた?」となります。
まずは「恐怖」と「混乱」でしょう。
そこで事情を聞いてみたら、
「いや、あなたとは関係ありません。別の人とのトラブルについて謝っています」と言われる。
今度はたぶん、「知らんがな」となります。
そして、ちょっと不快です。もしかして怒りを覚えるやもしれません。
なぜ私は、あなたと知らない誰かとの揉め事について謝罪を受けなければならないのか。
でもネットでは、これに近いことが普通に行われています。
「皆様、本当に申し訳ございませんでした」
いやいや。
私はその「皆様」に入っていません。
勝手に入れないでください。
謝罪って、受け取る側にも負荷があります
「謝罪」というと、基本的には良い行為のように扱われます。
悪いことをした。反省した。謝った。
それ自体はいいんです。
迷惑をかけた相手に対してなら。
でも、関係のない第三者にまで広げる必要はあるのでしょうか。
謝罪には当然、怒り、悲しみ、裏切り、失敗、揉め事、不祥事。
そんなマイナスの情報がくっついてきます。
私は昨日までその出来事を知りませんでした。
知る必要もありませんでした。
それなのに突然「皆様」の一員にされて、他人のトラブルから生まれたネガティブな感情を渡される。
謝罪する本人は、「きちんと謝った」「けじめをつけた」
と、少し気持ちが楽になるのかもしれません。
一種の禊なのでしょう。
でも、その禊のためになぜ無関係なこちらがマイナスの感情を引き受けなければならないのでしょうか。
「だったら事情を説明すればいい」という話でもありません。
関係ないことなら、説明もいりません。
それは私にとっては、単なる不要な情報の押し付けです。
関係のある人たちの間で、ちゃんとやってください。
それでいいと思うんです。
他人のYouTubeチャンネルで謝罪する人は、さらに分かりません
そして、さらに理解できないパターンがあります。
なぜか全然関係ない人のYouTubeチャンネルに出演して謝罪する人です。
これが本当に分かりません。
問題を起こしたAさんが、知人CさんのYouTubeに登場する。
Cさんが、「今日は本人に来てもらいました」などと話を振る。
そしてAさんが、「この度は申し訳ありませんでした」と頭を下げる。
いや、待ってください。誰に謝っているんですか。
そして、なぜこのチャンネルなんですか。
YouTubeに公開する以上、タイトルが付きます。
サムネイルが作られます。
撮影して、編集して、公開します。
再生回数も表示されます。
場合によっては広告も付きます。
そこまで来ると、謝罪なのか、コンテンツなのか分かりません。
被害を受けた人間はたぶん「舐めているのか?」という思いしか感じられないでしょう。
「嫌なら見るな」は正論です。でも見なくても目に入ります
こういうことを書くと、「嫌なら見なければいい」と言われると思います。
その通りです。
だから私は見ません。
わざわざクリックして文句を言うつもりもありません。
そもそも被害者ではないので、その謝罪を「認める」とか「許す」とかいう立場でもありません。
ただ、今のYouTubeやXって、見なくても目には入るんですよね。
おすすめ欄に神妙な顔をした人が出てくる。
「今回の件について。」Xでもおすすめやリポストで流れてくる。
こちらから探していなくても、向こうからやって来ます。
だから、「嫌なら見るな」じゃなくて、そんなものをわざわざ不特定多数に向けて出す必要あります?
と思ってしまうんです。
↓こうしたネット上の「炎上」の構造そのものに興味がある人には、こんな本も面白いです。
もちろん出す自由はあります。
私に止める権利もありません。
だからこちらとしては、見ない。
「またやってるわ」で終わる。
それが一番です。
炎上すれば再生されます。
批判だって数字になります。
でも、無関心だけは数字になりません。
むしろ、そのことについて謝ってほしい(笑)
結局、私が言いたいのは単純です。
謝るべき人がいるなら、その人に謝ってください。
必要な責任を取ってください。
関係のある人たちの間で、ちゃんとやってください。
私は関係ありません。
昨日まで何も知りませんでした。怒ってもいませんでした。知る必要もありませんでした。
それなのに突然「皆様」の一員にされて、知らなくてもよかった揉め事を知らされ、神妙な顔のサムネイルを見せられ、ほんの少し嫌な気分になりました。
考えてみれば、私があなたから受けた迷惑があるとすれば、その謝罪を見せられたことくらいです。
だったら、一つお願いがあります。
そのことについて、私に謝罪してください。
……いや、やっぱりいいです。
また謝罪されることになるので。
今日のところは、以上!


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