君はゲームギアを知っているか?──結局、一度も手に入らなかったレガシーゲーム機、という話

君は○○を知っているか!

mutoです。

君はゲームギアを知っているか?

セガが発売した携帯ゲーム機であり、当時絶対王者だったゲームボーイに真っ向から挑んだ挑戦者です。

もっとも、私はゲームギアを持っていたわけではありません。

それなのに、なぜか今でも強く記憶に残っています。

思い出というのは不思議なもので、夢中になったものより、

手に入らなかったものの方が鮮明に残ることがあるようです。

ゲームウォッチからゲームボーイへ

今の若い人には少し想像しにくいかもしれませんが、

ゲームボーイが登場する前、携帯ゲーム機といえばゲームウォッチが主流でした。

ゲームウォッチは、一つの端末で一つのゲームしか遊べません。

レースゲームならレースゲーム用ゲームウォッチ。

シューティングならシューティング用ゲームウォッチという具合で、

別のゲームをやりたければ別の端末を買うしかありませんでした。

そこへ登場したのがゲームボーイです。

ソフトを差し替えれば様々なゲームが遊べるという仕組みは、今では当たり前ですが、

当時の子供たちにとってはかなりの衝撃でした。

言ってしまえば、ファミコンを持ち歩けるようになったわけですから。

しかもテレビにつなぐ必要がありません。

当時は「ゲームは一日一時間」というルールを採用していた家庭も多かったと思います。

高橋名人が言い出したと言われる、あの有名なやつです。

もちろん子供にとって一時間など一瞬です。

もっと遊びたい。

しかしファミコンはテレビにつながっている以上、ゲームをしていることがすぐにバレてしまいます。

その点、ゲームボーイは違いました。

自分の部屋へ持っていけますし、極端な話布団に潜り込んででも遊べるのです。

今振り返ると、あれはかなり革命的でした。

子供部屋にファミコンを持ち込めるようなものだったのですから。

ただし、そんなゲームボーイにも弱点がありました。

白黒だったのです。

今の子供が見たら驚くでしょう。携帯ゲーム機なのにカラーではありません。

しかし当時の私は、それでも十分すごいと思っていました。

ところが、その常識をひっくり返すようなゲーム機が現れます。

ゲームギアです。

私はゲームギアではなく、セガに憧れていた

初めてゲームギアを見た時の興奮は、今でも覚えています。

ゲームボーイが縦長で無骨な印象だったのに対し、ゲームギアは横長のボディを採用していました。

中央に液晶画面があり、その両脇にボタンが並ぶ姿は、子供心に未来のゲーム機のように見えました。

しかもカラー液晶です。

今になって振り返ると、あのデザインはかなり先進的でした。

後に登場するPSP(プレイステーション・ポータブル)を見た時、

「あれ?ゲームギアじゃん」と思ったくらいです。

当時の私は完全に心を奪われました。

もっとも、今になって考えると、私が惹かれていたのはゲームギアそのものではなかった気もします。

セガという会社に憧れていたのです。

当時の私の目には、任天堂は優等生に映っていました。

マリオやカービィのようなキャラクターは誰からも愛されますし、

ファミコンもゲームボーイも圧倒的人気でした。

一方でセガには少し違う空気がありました。

ソニックはどこかアメリカンで尖っていましたし、CMも反骨精神を感じさせました。

もちろん、それは小学生だった私の勝手なイメージです。

しかし、そのイメージがたまらなく格好良く見えたのです。

みんながゲームボーイを持っている中で、自分だけがゲームギアを持っている。

それだけで少し大人っぽく、少しあか抜けて見える気がしました。

今思えば実に浅はかです。しかし、小学生男子の見栄なんてそんなものでしょう。

今になって思うのですが、私はゲームギアが欲しかったわけではなかったのかもしれません。

ゲームギアを持っている自分に憧れていたのです。

ファミコンショップのガラスケース

もっとも、小学生にそんな大金があるはずもありません。

私は両親や祖父母に対し、長い交渉を開始しました。

誕生日を使うべきか、クリスマスまで待つべきか。

子供なりに色々考えながら、粘り強く説得を続けました。

今思えば、人生最初のネゴシエーションだったかもしれません。

そんな当時の私には、定期的に通う場所がありました。

ファミコンショップです。

今の若い世代には少し伝わりにくいかもしれませんが、当時はゲーム専門店というものがありました。

ファミコン本体やソフトの売買だけで勝負している専門店で、

子供たちはそこで最新ゲームの情報を仕入れていたのです。

店に入ると、まず目に飛び込んでくるのがショーケースでした。

発売されたばかりの新商品や人気商品は、そのケースの中に並べられます。

お金のない小学生にできることは、そのケースを眺めることくらいでした。

しかし、それで十分楽しかったのです。

今思うと、買った後より買う前の方が楽しかったのかもしれません。

ゲームギアも発売当初は、そのガラスケースのど真ん中に鎮座していました。

カラー液晶はやたらと眩しく見えましたし、ゲームボーイとは違う未来感がありました。

私は店へ行くたびに足を止め、飽きもせず眺めていました。

そのうち買ってもらえるかもしれない。そんな期待を抱きながら何度も店へ通ったのです。

ところが、ある日を境にゲームギアは忽然と姿を消してしまいました。

最初は売り切れたのだと思いました。

しかし次に店へ行っても見当たりません。

その次も、そのまた次も同じでした。

気が付けばゲームギアはガラスケースから完全に姿を消していたのです。

欲しかった時にはあった。

買ってもらえそうになった頃にはなくなっていた。

今振り返ると、人生って案外こんなものかもしれません(笑)。

結局、私はゲームボーイで十分だった

後になって知ったことですが、ゲームギアはソフト数や電池寿命の面で苦戦したそうです。

特に電池の消耗は有名で、カラー液晶の代償として驚くほど電池を食ったと言われています。

結果として市場はゲームボーイを選びました。

もっとも、ゲームギアが消えた後の私はどうしていたかというと、

普通にゲームボーイで遊んでいました。(笑)

テトリス、スーパーマリオランドから始まったゲームボーイには

熱血硬派くにおくんなどのファミコンで一世を風靡したソフトが続々と移植されたし、

SaGaや聖剣伝説などゲームボーイから始まった名作も続々と登場したからです。

要はゲームギアが買えなかったからといって、ゲーム人生は全く困りませんでした。

白黒かカラーかなんて、実際にはどうでもよかったのです。

面白いゲームがたくさん遊べれば、それで十分でした。

四十代になって思うこと

ゲームボーイで遊び続けていたあの少年は、二十年後、

なぜか日常消費財メーカーでマーケティングの仕事をすることになりました。

新商品をどうやってプロモーションしていけば売れるのか、を考える仕事です。

マーケティングの世界には、ジョブ理論というものがあります。

「人はドリルが欲しいのではない。穴を開けたいのだ」という有名な言葉のあれです。

人は商品そのものを買うのではなく、その商品によって得られる価値を買うという意味です。

私は、この言葉を聞くたびにゲームギアを思い出します。

当時の私は、確かにゲームギアに憧れていました。

カラー液晶に未来を感じましたし、セガという少し尖ったブランドにも惹かれていました。

しかし、今になれば市場がゲームボーイを選んだ理由も分かります。

ゲームギアは格好良かった。

未来感もありました。

でも、子供たちが本当に求めていたのは、カラー液晶でもセガブランドでもなかったのでしょう。

面白いゲームをたくさん遊ぶことです。

そう考えると、ゲームボーイが勝ったのも当然だったのかもしれません。

それでも私は、今でも時々ゲームギアのことを思い出します。

実際にはほとんど遊んだこともありませんし、持っていたわけでもありません。

それなのに、ガラスケースの向こうで輝いていたあの姿だけは妙に記憶に残っているのです。

巨人に勇敢に挑んだ結果、敗れたハードだからこそ、

日本人特有のいわゆる判官びいきで記憶に下駄をはかせているのも事実だと思います。

それを踏まえても、約30年経った今、こうして一本の記事を書かせているのですから、

ある意味では立派なレガシーハードだったのだと思います。

今日のところは、以上!

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