mutoです。
最近、AI議事録ツールのNottaを使い始めました。
使い始めて最初に感じたのは「便利だな」ということでした。
しかし、本当に印象に残ったのは別の感情です。
私は会社員人生の20年以上で、いったいどれだけの時間を議事録作成に費やしてきたのだろう・・・。
そんなことを考えてしまいました。
営業会議、マーケティング会議、開発会議・・・。
本当にありとあらゆる会議に出席してきました。
様々な部署を経験しましたは変わりましたが、どこへ行っても会議はあります。
冷静に考えれがむしろ会議が仕事か?と思えるほどです。

そして会議がある以上、議事録も存在します。
会議中は必死にメモを取る。
終了後は内容を整理し、場合によっては録音を聞き返しながら文章にまとめる。
ようやく完成したと思えば上司のレビューが入り、修正して再提出する。
若い頃はそれが当たり前だと思っていましたし、会社員とはそういうものだと考えていました。
しかしNottaを使っていると、その当たり前が揺らぎます。
あれほど時間をかけていた作業が、今では録音ボタンを押すだけでほぼ終わってしまうからです。
積み上げれば何千時間になるのでしょうか。
時間は命そのものだと言われます。
そう考えると、私は人生の何日分、あるいは何か月分を議事録作成に費やしてきたのだろうか。
便利さより先に、そんな複雑な感情が湧いてきました。
議事録は記録なのか、それとも解釈なのか
私が以前から議事録に違和感を持っていた理由があります。
それは、議事録が純粋な記録ではなくなりやすいことです。
もちろん誤字脱字の修正なら問題ありません。
しかし現実には、それ以上の修正が加わることも少なくありません。
表現を変える。
発言を要約する。
強調する部分を変える。
こうした作業自体は珍しいことではありませんし、多くの場合は悪意もありません。
ただ、人は誰でも自分の価値観や立場から完全には自由になれないものです。
重要だと思う発言を強調し、そうでない発言を省略する。
その結果、会議で実際に話された内容と、議事録に残る内容が少しずつ変わっていくことがあります。
私は会社員人生の中で、その光景を何度も見てきました。
何人もの役職者のスケジュールを調整し、やっと思いでテーブルに着かせる。
そして何時間も議論してようやく方向性を決める。
それにもかかわらず、最後に作られた議事録によって受け取られ方が微妙に変わってしまうのです。
議事録は本来、記録であるはずです。
しかし時として、記録ではなく解釈になってしまう。
そこにずっと違和感を持っていました。
Nottaが便利なのは、まず事実を残してくれること
その点、Nottaの価値は非常にシンプルです。
まず事実を残してくれることです。
誰が何を発言したのか。どのような順番で議論が進んだのか。
そこに上司への忖度もなければ、部署間の力関係もありません。
もちろん誤変換はあります。
しかし少なくとも、人間の解釈が入る前の状態を残してくれます。
これは思った以上に大きな価値だと感じています。
議論の内容を客観的に振り返るための土台ができるからです。
人間はマルチタスクが得意ではない
もう一つ、Nottaを使って実感したことがあります。
それは、人間はマルチタスクができない動物だ、ということです。
「私はマルチタスクができます。」という人をたまに見かけます。
はっきり言います。
出来ていません。
できていると思っているだけです。
会議中に話を聞きながら内容を理解し、自分の考えを整理し、発言のタイミングを見極める。
その一方で議事録として正確なメモを取り続ける。
冷静に考えれば、かなり無理のある要求です。
私自身、議事録係になった会議では発言量が減ります。
逆に議論へ積極的に参加すると、今度は記録が雑になります。
当然です。
脳の処理能力には限界があります。
しかしNottaがあれば、少なくとも記録については任せることができます。
その結果、会議そのものに集中できるようになるのです。
これは想像以上に大きな変化でした。
会議中に「あとで議事録を書かなければ」という意識がなくなるだけで、議論への参加度が変わります。質問もしやすくなりますし、新しいアイデアを考える余裕も生まれます。
結果として会議の質そのものが上がるのです。
システム費用より人件費の方が高い
AI議事録ツールの話になると、「システム費用が高い」という意見を聞くことがあります。
しかし私は逆ではないかと思っています。
例えば10人が参加する1時間の会議があれば、その時点で10時間分の人件費が発生しています。
さらに議事録作成、レビュー、修正まで含めれば、会議後にもコストは発生し続けます。
一方でNottaの利用料は月額数千円程度です。
もちろんセキュリティや情報管理の観点から検討は必要でしょう。
しかし費用対効果だけを考えれば、人件費の方がはるかに高いのではないでしょうか。
企業は働き方改革や生産性向上を掲げます。
それならば、「何を人間がやり、何をシステムに任せるべきか」を真剣に考えるべきだと思います。
メモを取ることは価値を生むのか
ここで改めて考えたいことがあります。
メモを取ること自体に価値はあるのでしょうか。
正確に言えば、会議内容を記録することには価値があります。

しかし、そのために人間が延々と文字を打ち続けることに価値はあるのでしょうか。
そこから新しい商品は生まれるでしょうか。
売上は増えるでしょうか。
企業の競争力は高まるでしょうか。
残念ながら答えはNOです。
文字起こしは必要な作業です。
しかし、それは価値創造そのものではありません。
私たちは長い間、「必要な作業」と「価値を生む仕事」を同じものとして扱ってきたのではないでしょうか。
Nottaを使って衝撃を受けたのは、実はそこでした。
働き方改革の本質とは何か
働き方改革というと、残業時間を減らすことだと思われがちです。
しかし本質は違うと思います。
価値を生まない作業を減らし、人間が本来やるべき仕事に時間を使うことです。
文字起こしは必要です。
議事録も必要です。
ただし、それは価値創造そのものではありません。
本来、人間が時間を使うべきなのは考えることです。
判断することです。議論することです。そして新しい価値を生み出すことです。
Nottaを使い始めてから、私は議事録ツールの便利さ以上に、
自分たちが長年「仕事」だと思っていたものの中に、
実は大量の「作業」が含まれていたことに気付かされました。
少なくとも私は、もう何時間も録音を聞き返しながら議事録を書く生活には戻れそうにありません。
その時間があるなら、会議そのものを良くするために使いたい。
そして、それこそが本来の知的労働なのではないかと思うのです。
今日のところは、以上!


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