猫も杓子もアプリ、アプリ、アプリ…。一体、誰のため?という話

サラリーマンの独り言

mutoです。

最近、銀行アプリを使っていて、ふと思ったことがあります。

なぜ、アプリを起動するたびにパスワードを入力させるのでしょうか。

いや、セキュリティが大切なのは分かります。

銀行ですからね。

不正アクセスを防ぐためには必要なのでしょう。

でも、だったら一つ聞きたい。

そもそも、アプリ要らなくないですか?

今回はそんな話です。

銀行アプリで毎回ログインするなら、ブラウザでよくないですか?

私がアプリをインストールする理由は単純です。

便利だから。

ブラウザを立ち上げて、サイトにアクセスして、ログインする。

その一連の手間を省くために、わざわざアプリをインストールしているわけです。

ところが、アプリを開くとパスワードの入力画面。

毎回です。

いやいや。

その一手間が面倒だから、アプリを入れているんですけど。

もちろん、ブラウザからアクセスするより多少は手間が省けているのでしょう。

でも、結局パスワードを入力しなければならないのであれば、ブラウザからアクセスするのと大して変わらない気がします。

だったら、ブラウザでよくないですか?

セキュリティのため? 生体認証ではダメなのでしょうか?

こういう話をすると、決まって出てくるのが「セキュリティ」という言葉です。

銀行だから仕方ない。

不正アクセスを防ぐためには必要。

もちろん、大切なお金を預けているわけですから、安全性を軽視してほしいとは思いません。

ただ、そこで思考停止してよいのでしょうか。

今のスマートフォンには、指紋認証や顔認証があります。

端末そのものにもロックがかかっています。

銀行アプリによっては、生体認証でログインできるものもあります。

もちろん、それだけですべての安全性が確保されるわけではないのでしょう。

でも、毎回パスワードを入力させることが、本当に最適な方法なのか。

セキュリティを高めることと、利用者に手間をかけさせることは、同じなのでしょうか。

そこに疑問を感じるわけです。

そのアプリ、本当に必要だったのでしょうか?

もう一つ、気になることがあります。

アプリを一つ開発するのにも、相当な費用がかかっているはずです。

開発して終わりではありません。

システムの保守、セキュリティ対策、アップデート、不具合への対応。

当然、そこには多くの人が関わり、人件費も発生しているのでしょう。

もちろん、それに見合う価値があるのであれば、何の問題もありません。

でも、利用者にとってブラウザからアクセスするのと大して変わらないのであれば、どうなのでしょうか。

仮にアプリを作らずに済むのであれば、その開発費や維持費を別のことに使えたはずです。

より良い金融サービスの開発でもいい。

手数料の引き下げでもいい。

株主への還元でも、従業員の待遇改善でもいい。

その方が、よほど有意義ではないでしょうか。

企業の経営資源は有限です。

人も、お金も、時間も。

だからこそ、何に使うのかが重要なのだと思います。

猫も杓子もアプリ。作ることが目的になっていませんか?

銀行に限った話ではありませんが、最近は何でもかんでもアプリです。

小売店も、飲食店も、交通機関も。

企業はこぞって自社アプリを提供しています。

顧客との接点を増やしたい。

継続的にサービスを利用してほしい。

そんな狙いがあるのでしょう。

それ自体は理解できます。

ただ、利用者が求めているのはアプリそのものではありません。

便利なサービスです。

ここで私が疑問に感じるのは、「アプリを作ること」が、いつの間にか仕事の目的になっていないかということです。

アプリを開発する部署がある。

開発計画がある。

予算がつく。

そして、アプリが完成する。

でも、それによってお客様は本当に便利になったのでしょうか。

もちろん、実際の開発経緯など知りません。

銀行側の業務効率化につながっている部分もあるのでしょう。

ただ、それだけの費用をかけて、どれほどの価値を生み出しているのか。

そこは問われるべきだと思います。

アプリを作ったことが成果なのか。利用者が便利になったことが成果なのか。

私は後者だと思います。

お客様のためではなく、自分たちの仕事を増やしていませんか?

企業という組織にいると、仕事をするための仕事が生まれることがあります。

会議のための資料を作る。

資料を説明するための会議を開く。

その結果を報告するために、また資料を作る。

一体、何のためにやっているのでしょうか。

もちろん、すべてが無駄だとは思いません。

でも、仕事というものは、本来、誰かに価値を提供するためにあるはずです。

仕事を増やすこと自体が目的になってしまっては、意味がありません。

今回の銀行アプリについても、同じような疑問を感じます。

利用者の利便性を高めるために開発したはずのアプリ。

ところが、利用者は毎回パスワードを入力しなければならない。

それでもアプリを維持するために、多くの人が働き、費用が発生している。

お客様のために仕事を増やしているのではなく、自分たちの仕事を自分たちで増やしている。

もしそうだとすれば、随分と無駄な話です。

仕事を増やすことと、価値を生み出すことは違う

誤解してほしくないのですが、私は銀行アプリそのものを否定しているわけではありません。

ブラウザより便利なのであれば、大歓迎です。

ただ、アプリの開発や維持には相応の費用がかかっています。

それだけの経営資源を投入するのであれば、利用者にとって明確なメリットがあってほしい。

そう思うわけです。

もちろん、たかが数秒の話です。

大した手間ではありません。

でも、その数秒を減らすためにこそ、アプリというものが存在するのではないでしょうか。

アプリを開発するのも仕事。

アプリを維持するのも仕事。

でも、その仕事は本当に必要なのでしょうか。

仕事を増やすことと、価値を生み出すことは、必ずしも同じではありません。

銀行アプリを開くたびに、そんなことを考えてしまいます。

今日のところは、以上!

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