mutoです。
突然ですが、皆さんは「チューペット」という氷菓を知っているでしょうか?
細長いビニール容器に、色のついた甘いジュースが入っているアレです。
冷凍庫で凍らせて、真ん中からパキッと折って食べる。
昭和終盤から平成初期に小学生だった人なら、「あったなあ!」となるはずです。
昭和後期・平成初期の子どもたちにとっては間違いなく「夏のソウルフード」でした。
チューペットが出てくるイベントは、だいたい金がかかっていなかった(笑)
今振り返ると、チューペットには非常に面白い特徴がありました。
チューペットが出てくる催し物は、だいたい金がかかっていない。
たとえばPTA主催の盆踊り。町内会のイベント。子ども会。スポーツ関係の催し物。
いわゆるテキ屋さんがズラッと並ぶようなお祭りではなく、
地域の大人たちが手作りで運営しているイベントです。

そういう場所で、やたらと高い確率で登場したのがチューペットでした。
今考えれば当然なんですよね。
安い。大量に買える。普段は常温で保管できる。凍らせるだけ。皿もスプーンもいらない。
運営する大人からすれば、恐ろしくコストパフォーマンスのいいアイテムです。
だから私は、「チューペットが出てくる催し物=あまり金がかかっていない」
という、説を声高に唱えたい(笑)
もちろん、当時の子どもはそんなこと知りません。
「チューペットあるやん!」それだけで十分でした。
真ん中からパキッと割れたら、ちょっとお兄さん
そしてチューペットには、子どもの成長を測る謎の物差しもありました。
小さい頃は、自分では真ん中からうまく折れません。
「お父さん、やって」「お母さん、割って」
と大人に渡して、パキッと二つにしてもらう。
それが、あるとき自分で割れるようになる。
両手でグッと力を入れて、パキッとわる。
いきっている奴は膝で割る。(笑)
もちろんそんなに力を入れる必要はありません。当たり前ですが。
あの瞬間、ちょっとだけ「お兄さん」になった気がしませんでしたか?
誰から認定されるわけでもありません。
それでも、自分で割れるようになったことが妙に嬉しかった記憶があります。
私? もちろんイキって膝で割っていました。(笑)
これはキン肉マンの影響でもあります。(笑)

そして最後は「一本食い」へ
ところが、さらに成長すると状況が変わってきます。
半分では足りない。
「もう一本食べたい」となる。
そこでたどり着く最終形態が、チューペット一本食い。
真ん中から割りません。
細くなっている先端部分を噛み切り、そこから一本丸ごと食べていく。
これができるようになったら、いよいよ一人前です(笑)。
幼児期は親に割ってもらう。
少し大きくなったら、自分で割る。
さらに大きくなったら、割らずに一本食べる。
考えてみれば、チューペット一つにも子どもの成長がありました。
ランニングシャツ、野球帽、虫取り網、そしてチューペット
昭和終盤から平成初期。
夏休みの小学校低学年男子といえば、だいたいこんな格好だった気がします。
ランニングシャツ。半ズボン。プロ野球チームのキャップ。虫取り網。虫かご。
そして、片手にはチューペット。
これが当時の小学校低学年男子の正装でした。

朝から外へ出て、セミを捕まえたり、公園で遊んだり、自転車でウロウロしたりする。
チューペットを咥えながら。
我が家のは話ではありますが、ジュースを飲む量は制限がありました。
チューペットはなぜかノーリミットで食べることが許されていました。
あれはなぜだったんでしょうか?(笑)
たぶん親からすれば、非常に安上がりなおやつだったからでしょうか?
でも、子どもにとっては十分でした。
父親によく連れて行ってもらった市民プール
そして私がチューペットで一番思い出すのが、市民プールです。
子どもの頃、父親によく連れて行ってもらいました。
「市民プール」といっても、今の大型レジャープールのようなものではありません。
ウォータースライダーなんてない。流れるプールもない。波のプールなんて、もちろんない。
大きなプールと、子ども用の小さなプールがあるだけ。
本当に、それだけです。シンプル・イズ・ベスト(笑)

そして、そんな質素(笑)な市民プールにも一応売店がありました。
私の記憶に残っている商品が、
カップヌードルとチューペット。
いやあ、市営ですね。金がかかっていない。(笑)
金がかかっていない場所を見分けるリトマス試験紙として、抜群の安定感です。
プールで食べるチューペットは、なぜか家よりうまかった
ただ、不思議なことがあります。
同じチューペットなのに、市民プールで食べると妙においしかった。
力いっぱい泳いだ後。髪の毛は濡れている。体からは塩素の匂いがする。
そして手を見ると、長時間プールに入っていたせいで指先がしわしわにふやけている。
そんな手で、カチカチに凍ったチューペットを握るんです。
すぐには食べられない。
だから両手で握りながら、少しずつ溶かしていく。
頃合いを見て先端を噛む。
シャリッ。冷たい。甘い。うまい。
家の冷凍庫から出したものと、何一つ違わないはずなんです。
でも、市民プールで食べるチューペットは、なぜかいつもよりおいしかった。
今思えば、あまりお金のかからない休日だった
大人になり、自分が親になった今なら分かります。
父親からすれば、市民プールに子どもを連れて行く休日なんて、それほどお金のかかるレジャーではなかったはずです。
自転車で親子そろって入場料の安い市営プールへ行く。
子どもと泳ぐ。
休憩時間にチューペットを一本買う。
昼飯はカップヌードル。
今の感覚なら、かなりリーズナブルな休日です。
でも十分に楽しかったことを覚えています。
ただ父親と市民プールへ行って、力いっぱい泳いで、
しわしわになった手でチューペットを食べただけなんですけどね。
子どもの思い出の大きさと、親が使った金額は比例しない。
これ、親となった今、子供達との思い出作りに金を出し渋っている、
という意味では無いですよ。(笑)
でも、父親と行った市民プールと、そこで食べた一本のチューペットを何十年経っても覚えている。
それもまた事実です。チューペットは安かった。市民プールも安かった。
でも、あの夏の思い出まで安っぽかったわけではありません。
むしろ今となっては、結構贅沢な思い出だったのかもしれませんね。
今日のところは、以上!




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