mutoです。
最近、「おじアタック」という言葉をちょくちょく見かける。
どうやら中高年男性が若い女性に恋愛的なアプローチをかけることを指すらしい。
もちろんよい意味はなく、その言葉の裏には
「やめてほしい」「困る」「怖い」といった感情が含まれているようだ。

まぁ、気持ちは分かる。
もし立場が逆だったら私も身構えると思う。
45歳のおっさんが言うのもなんだが、
例えば60代や70代の女性から恋愛的なアプローチを受けたら、正直なところ少々戸惑うだろう。
そう考えると、若い女性が嫌がるのも無理はない。
ただ、一方で少しだけ引っかかる部分もある。
恋愛って、そもそも少し格好悪いものでは?
恋愛というのは、相手に好意を伝え、それに応えてもらう行為だ。
映画やドラマのように、出会った瞬間にお互いが恋に落ちることも無いわけでは無いと思う。
しかし現実にはそんなケースはホールインワン並みの確率だと思う。
夢と現実は違うのだ。
残酷だけど。

普通は会話をして、食事に行って、お互いを知るところから始まる。
その過程では勘違いもするし、空回りもする。
相手の反応を読み違えることもあれば、勇気を出して踏み込んだ結果、あっさり振られることもある。
誰だって恥はかきたくない。
嫌われたくもない。
それでも一歩踏み出すから恋愛は成立する。
もちろん、だから何をしてもいいという話ではない。
断られているのにしつこく迫るのは論外だし、立場を利用したり、
相手が逃げられない状況を作ったりするのも話にならない。
ただ、おじアタックという言葉が広まるにつれ、
「年上男性が好意を持った時点でアウト」という空気になってしまうと、
それもまた少し窮屈な社会ではないかという気がしている。
そもそも人が若さや魅力に惹かれること自体は、ごく自然な感情だと思う。
問題はその感情ではなく、それをどう扱うかという話ではないだろうか。
もし私が独身だったら
もっとも、私は既婚者である。
したがって、おじアタックをする資格そのものがない。
いわゆる恋愛というリングに上がってはいけない人間だ。

しかし、もし独身だったらどうだろう。
たまたま好意を持った相手が年下だった場合、
結局は何らかのアプローチをしなければ何も始まらないわけで。
成功する保証など当然ないし、むしろ失敗する可能性の方が高いだろう。
そこは仕方がない。
ただ一つだけ嫌なのは、「この前さぁ、おじアタックされてさぁ」
と女子トイレで話題にされることである。
勇気をもって踏み込んで、返り討ち。
それは仕方ない。
ただ「おじアタック」の実行者としてネタにされる、というその仕打ちの精神的ダメージは大きい。
たぶん数日は寝込む。

恋愛のハードルは上がった気がする
人口減少が叫ばれて久しい。
もちろん原因は一つではない。
経済的な問題もあるだろうし、価値観の変化もあるだろう。
ただ、こうした言葉が生まれ、それにおびえなければならない空気も
無関係ではないような気がしている。
繰り返すが恋愛というのは、本来少し格好悪いものだから。
相手の気持ちも分からないまま声をかける。
勘違いをする。空回りをする。そして時には振られて傷つく。
しかし、その不確実さがあるからこそ面白かったのではないかとも思う。
失敗することや恥をかくことまで極端に恐れるようになると、
誰も最初の一歩を踏み出せなくなる。
恋愛に限らず、人間関係そのものがそうだ。
相手の反応を100%保証された状態でしか動けないのであれば、
新しい関係など何も始まらない。
強いうちに引退したということにしておこう
もう恋愛というフィールドで戦ってはならない、
現役を引退したはずのおっさんが言うのもなんだが、
今、振り返ってみれば恋愛ほど夢中になれたものは無かったと思う。
こう書くと、さぞかし華々しい恋愛遍歴を送ってきたように聞こえるかもしれないが
もちろんそんなことはない。(笑)
むしろ人並み以下だったと思う。
それでも、誰かを好きになったり、勝手に盛り上がったり、
振られて落ち込んだりした経験は、今の自分を作っている大切な一部だ。

既婚者というのは、ある意味で恋愛市場から退場した人間でもある。
自由を手放した代わりに、そうした面倒な戦場から降りることを選んだとも言えるだろう。
今となっては「おじアタック」をする資格そのものがない。
強いうちユニフォームを脱ぎ、華々しい舞台から引退した人間なのである。
そういうことにしておこうと思う。
今日のところは、以上!


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