君はレイザーラモンHGが天下を取りかかった日をおぼえているか?、という話

君は○○を知っているか!

mutoです。

あの頃、テレビをつければHGがいた

正直に言うと、
私はHGが芸能界を制圧すると思っていました。

2005年前後。
テレビをつければ、必ず彼がいた。

レイザーラモンHG。

黒光りするピタピタのホットパンツと鋲が打たれたエナメルのノースリーブと帽子。
バカでかいサングラス。


見た目の破壊力、凄すぎるやろ(笑)。

登場した瞬間、もう笑ってしまう。

まだ何もしていないのに、爆笑が訪れる。

それだけで成立していました。

登場した瞬間、空気が変わった

普段は低く落ち着いた声なのに、
流れの最後で放たれる「フォー!」という奇声。

爆笑問題やくりぃむしちゅーとのやり取り。

崩れそうで崩れない。
下品になりそうでならない。

すべてにハードゲイというキャラクターの骨格が通っていた。

そして流れる音楽。

Livin’ la Vida Loca。
(日本では郷ひろみの「GOLDFINGER’99」と言った方が通じる。)

イントロが鳴った瞬間、スタジオの空気が変わる。

私は毎回、腹を抱えて笑っていた。

たぶんRicky Martin本人は、
日本でこんな使われ方をしているとは思っていなかっただろう。(笑)

江頭2:50の「スリル」やヒロシのテーマ曲と同じで、
音が鳴った瞬間に笑いが始まる。

サウンドの力をこれほど感じた例もなかったと思う。

笑われていたのではなく、笑わせていた

正直に言います。

うちの母親も「なんて下品なの!」と言いながら、
めちゃくちゃ笑っていました。

あれは笑われていたんじゃない。

笑わせていた。

そこには技術があった。
構造があった。
紛れもなく芸だったと思う。

少なくとも私は、本気で笑っていました。

ハッスルというリング

そして当時小川直也が気を吐いていたリング「ハッスル」へ。

学生プロレス出身とはいえ、リングに立てば動きが良かった。

ハッスルで見せたパフォーマンスは、芸人の枠を少し越えていた。

技は勿論のこと、やはりマイクパフォーマンスは群を抜いていた。

会場があれほど湧くことってそうあるとは思わない


観客をどう見せるかを理解していた。

だから私は思っていました。

この人、天下を取るな。

なぜ続かなかったのか

でも歴史はそうならなかった。

今テレビで見るHGに、少し寂しさを感じることがある。

衰えたというより、続けられなくなったのだと思う。

家庭を持ち、守るものができた。
時代はコンプライアンスとLGBT配慮へ進んだ。

HGというキャラクターは、
境界線の上に立つ存在だった。

その境界線自体が変わった。

境界線の上にあった芸

当時でも、
「かなりセンシティブな芸だな」とは思っていた。

それでも彼は叩かれなかった。

多くの人が分かっていたのだと思う。

彼が誰かを落とそうとしていないことを。

笑いの矢印が外に向いていなかった。

極端なキャラクターを自分で背負い、
その過剰さで場を明るくする。

下品なのに嫌な感じがしない。

きっと知性と人柄が伝わっていた。

私たちも、あの芸を成立させていた

時代が許していた。
そう言えば簡単かもしれません。

でもそれだけではない気がする。

私たちはただ許容していたのではなく、
すれすれを全力で表現する彼を応援していたのだと思う。

笑いは共同作業だ。

HGの芸は、彼と観客の両方で成立していたのでしょう。

それでも私は覚えている

有吉のようにキャラを更新できなかった、そう言えるのかもしれない。

でも私は違う気がしている。

初速が速すぎた。

理解される前に完成してしまったキャラクター。

時代と、自分が作ったキャラ。

その両方に挟まれた逸材。

でも私は覚えている。

テレビのスタジオで。ハッスルのリングで。

あの人が確かにキラキラしていた瞬間を。

芸能界を本気で獲りかけた、ほんの短い時間を。

そして何より――
私はあの頃、確かに笑っていた。

それだけで、十分すごいことなんだと思います。

今日のところは、以上!

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