君は宅八郎を知っているか? オタクが胸を張れなかった時代があった、という話

君は○○を知っているか!

mutoです。

宅八郎。

森高千里やバービーのフィギュアをマジックハンドでつかむ。

カメラのパンに合わせサラサラロン毛をなびかせながら、

どのキツイ眼鏡で流し目を決める。

そしてスタジオには「キャー」という声が上がる。

芸として完璧に成り立っていました。

でも90年代のテレビを見ていた人間にとって、
あれこそが「オタク」という存在でした。

強烈で、少し怖くて、でもなぜか目が離せない。

そして当時――
「オタク」という言葉は、決して誉め言葉ではありませんでした。

オタクという“噂”

今では、自分から「〇〇オタク」と名乗る人も珍しくありません。

しかも、どこか誇らしげに。

映画オタク。サウナオタク。投資オタク。節約オタク。

好きなものを極めている人。
詳しい人。

むしろポジティブな響きです。

でも30年前。

そんな自己紹介をする人は、ほとんどいませんでした。

「あの人、オタクらしいよ」

そんな噂が広まると、空気が変わる。

必死に否定するか。
あるいは諦めて“そういうキャラ”として生きるか。

だいたい、その二択。

私の周りにおけるオタクという言葉は、
自分で名乗るものではなく、いつの間にか貼られているラベルでした。

みんな何かのオタクだった

とはいえ、誰しも好きなものはありました。

当時の中学生なら――

女子はジャニーズ。
男子はプロ野球。
バンド。
テレビゲーム。

みんな夢中でした。

でも「オタク」と呼ばれることだけは、
なぜか絶対に嫌だった。

いや別にそこまで好きじゃないし。
たまたま知ってるだけだし。

……いや、めちゃくちゃ詳しいやん。

好きなのに否定する。

今思えば完全にツンデレです(笑)。

実は分かってやっていた人

宅八郎は、実は法政大学出身。

いわゆるインテリでした。

しかも「宅八郎」という名前自体、
昭和のコメディアン・タコ八郎のパロディ。

偶然ではありません。

ただの変わった人ではなく、
テレビが求める“オタク像”を理解したうえで
演じていた人だったのかもしれません。

分かっていて、やっていた。

そんな気配がありました。

時代は宅八郎を利用した

そして時代は、彼を見つけます。

オタクという存在を、
分かりやすく説明してくれるキャラクターとして。

その象徴の一つが映画『七人のおたく』でした。

パソコンオタク。
格闘技オタク。
ミリタリーオタク。
フィギュアオタク。
アイドルオタク。

社会にうまく溶け込めない人たちが、
それぞれの強みを発揮して悪に立ち向かう。

オタク版サイボーグ009のような物語。

ヒーローのはずなのに、
彼らはどこか生きづらそうでした。

能力はある。
知識もある。

でも日常では居場所がない。

あれが、当時のオタクの立ち位置だった気がします。

そして言葉は逆転した

それが、いつ頃からだったのでしょう。

オタクという言葉が、
誇らしげな称号のように使われ始めたのは。

隠すものだったはずの言葉が、
いつの間にか自分から名乗る言葉になった。

気がつけば、

社会の側がオタクに近づいていました。

もし今を見たら

初代オタクとも言える宅八郎は、
いまのこの状況をどう思うのでしょう。

オタクが市民権を得た世界。

もしかすると――

「そうじゃないんだよな」

なんて、少し苦笑いしていたりして。

そんな気もします。

今日のところは、以上!

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