大晦日、朝倉未来VSシェイドラエフによって日本MMAの現在地と世界標準の残酷な差を突き付けられた、という話 

サラリーマンの独り言

mutoです。

2025年12月31日
RIZIN 師走の超強者祭り
メインイベント(フェザー級)
朝倉未来 vs シェイドラエフ

この一戦は、勝敗以上に、
日本MMAと世界MMAの間に横たわる決定的な差を、
これ以上ない形で可視化しました。

正直に言います。
あの試合は、見ていて少し怖かったです。

スープレックスで投げられ続け、最後は“破壊”

試合内容は、あまりにも一方的でした。

朝倉未来は、
試合を通して何度もスープレックスで投げられ続ける
。

単発ではありません。
流れや偶然でもない。
組めば投げられる、捕まれば崩されるという、
完全に再現性のある展開でした。

そして最後は、
地上波では到底流せないレベルの
バックマウントからのパウンドアウト。

KOというより、破壊でした。

さらに衝撃だったのは、その後です。
首を固定された状態で担架に乗せられ、
静まり返る会場。

競技、というより純粋な暴力。

試合が終わったというより、
医療判断として止められた――
そんな空気でした。

格闘技を30年近く見てきましたが、
同階級でここまで繰り返しスープレックスを浴びせられ、
最終的に担架で運び出される。

こんなフィニッシュは、正直、記憶にありません。

ただし、ここで言いたいのは
「朝倉未来が弱かった」という話ではありません。

これは個人の問題ではなく、構造の問題です

朝倉未来は、何だかんだ言っても
RIZINフェザー級の上位層です。
国内トップクラスレベルであることは事実です。

それでも、
**シェイドラエフ**の
世界基準のレスリング圧力と組力を前にした瞬間、
試合は「勝負」ではなく、
構造的な蹂躙になってしまった。

これは調子や相性の問題ではありません。
日本MMAそのものが長年抱えてきた問題が、
一気に噴き出しただけです。

「派手なKO負け」を称える思想は、どこから来たのか

日本MMAの根底には、今も消えない価値観があります。

  • 判定勝利より、派手なKO
  • コントロールより、打ち合い
  • 勝ち方より、沸かせ方

この思想が決定的に刷り込まれたのが、
**PRIDE**の時代でした。

PRIDEは、日本に総合格闘技を定着させた偉大な興行です。
一方で、
競技としては致命的な歪みも残しました。

関係者証言が示す、PRIDE時代の“現実”

この価値観が単なるファン心理や後付け解釈ではないことは、
当時を知る関係者の証言からも見えてきます。

PRIDE時代、
元選手や関係者のインタビュー、回顧録を読むと、
こんな証言がちらほらと出てきます。

「判定で勝っても評価されなかった」
「地味な内容だと、次がなかった」
「派手に散った方が、むしろ使ってもらえた」

つまり当時の空気は、
“勝て。ただし派手に”
という、極めて歪んだプレッシャーを
選手に与えていたのです。

判定勝利は安全だが評価されない。
一方で、打ち合いに行ってKOされても
「盛り上げた」「爪痕を残した」と肯定される。

この評価軸の中で育てば、
選手の意識が
「削って勝つ」ではなく「当てに行く」
方向へ最適化されるのは、自然な流れでしょう。

世界基準は、完全に真逆へ進化した

一方、世界――
特に**UFC**では、

  • ゴリゴリのレスリング
  • 体重と圧力による支配
  • 派手さは不要、勝てば正解

これが完全に常識です。

レスリングで削り切ることは
「地味」ではなく、
高度で洗練された勝ち方として評価されます。

「でも堀口恭二は世界レベルだろ?」への答え

ここで必ず出てくる反論があります。

それでも堀口恭二など、世界で通用しているファイターもいるじゃないか!

結論から言います。
それは正しい。ただし理由を誤解しています。

**堀口恭二**をはじめとして世界レベルで通用しているファイターは、

  • 修斗出身であり、
    PRIDE的、RIZIN的価値観の呪縛をほぼ受けていない

のです。

朝倉海がUFCで勝てない理由も、同じ構造にある

この視点で見ると、
**朝倉海**が
UFCで勝ち切れない理由も、かなり明確になります。

才能や努力の問題ではありません。
どの勝ち方が評価されてきた環境で育ったか、
その差です。

結論:思想が変わらない限り、この光景は繰り返される

朝倉未来 vs シェイドラエフは、
誰かを叩くための試合ではありません。

日本MMAが長年守ってきた美学が、
世界基準では通用しない

その現実を突きつけられただけです。

派手なKO負けを称え、
地味な判定勝利を軽んじる限り、
同じような夜は、何度でも訪れるでしょう。

あの担架の光景は、
偶然でも、不運でもありません。

日本MMAが変わらない限り、必然です。

――これが、
朝倉未来 vs シェイドラエフという一戦が持つ、本当の意味だと思います。

今日のところは、以上!

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