これからも意思をもってコーヒーカップの蓋を外す、という話

サラリーマンの独り言

mutoです。

先日、スターバックスでコーヒーを飲んでいたときのことです。

私はいつものようにカップの蓋を外していました。

するとその様子を見ていた妻が、

「それやる人って、おじさんだよね」と言ったのです。

なるほど。確かにそうかもしれません。

最近は自分でも、若い頃には理解できなかった父親世代の感覚が分かるようになってきましたし、

「親父っぽくなったな」と思う場面も増えてきました。

ただ、ひとつだけ訂正しておきたいことがあります。

私は最近になって蓋を外し始めたわけではありません。

むしろ逆です。かなり昔から外しています。

なぜか。正直に言いましょう。

当時、私はあの蓋の飲み方が分からなかったのです(笑)。

今の若い人には信じてもらえないかもしれませんが、スターバックスが広がり始めた頃、

あの蓋付きカップは私にとって未知の文明でした。

飲み口らしきものは付いているものの、どうやって口を当てればいいのか分からない。

変な角度で飲もうとすると鼻が蓋に当たりますし、思ったようにコーヒーも出てきません。

今思えば大した話ではありません。

しかし当時の私は真剣でした。

そして最終的に、「外した方が早い」

という極めて合理的な結論にたどり着いたのです。

以来、私はずっと蓋を外しています。

もちろん今は飲み方くらい分かります。

いい歳をして、まだ飲み方が分からないわけではありません。

それでも結局外してしまうのですから、人間の習慣というのはなかなか変わらないものです。

蓋ではなく、その向こうにある価値観の話

もっとも、今の私が蓋を外す理由は若い頃とは少し違います。

飲み口が小さいのが好きではありませんし、蓋越しに飲むと香りも弱く感じます。

気のせいだと言われればその通りかもしれませんが、

私はカップから直接飲んだ方がおいしいと思うのです。

考えてみれば、父親がビールを飲む前にグラスを冷蔵庫で冷やしていた感覚と同じなのかもしれません。

子供の頃は「そこまで変わるか?」と思っていましたが、今なら分かります。

実際に味が変わるかどうかではなく、自分が一番心地良いと思う形で飲みたいのです。

こういう感覚が理解できるようになったあたり、自分もすっかり親父になったのでしょう。

ただ、正直に言うと、私が本当に引っかかっているのは蓋そのものではありません。

私が違和感を覚えるのは、コーヒーを持って歩くという行為の方です。

朝、駅から会社へ向かう途中でコーヒーカップを片手に歩いている人を見かけることがあります。

今では当たり前の光景ですし、誰も気にしていません。

しかし私は、その姿を見るたびに思うのです。

そんなに忙しいのだろうか、と。

本当に忙しい人は忙しそうに見せる暇すらない

ここから先は完全に偏屈なおじさんの意見です。

しかし、会社員人生二十年以上の経験を踏まえて、私はかなり本気でそう思っています。

正直、コーヒーを座って飲む数分すら惜しいというレベルで忙しい会社員など、

私はほとんど見たことがありません。

もちろん世の中にはいるのでしょう。

しかし少なくとも、その辺をコーヒーカップ片手に歩いている人の大半は違うと思っています。

本当に切羽詰まっている人というのは、そもそもコーヒーを飲みません。

飲み物を楽しむ余裕などなく、場合によっては昼食すら後回しになる。

本当に忙しい人は、忙しそうに見せる暇すらないのです。

歩きコーヒーは忙しさではなく演出ではないか

だから私は、歩きコーヒーという行為を見るたびに、

それは忙しさというより演出なのではないかと思ってしまいます。

少し意地悪な言い方になりますが、マクドナルドやスターバックスへ入り、

ノートパソコンを開いている人を見る感覚に近いものがあります。

もちろん本人は仕事や勉強をしているのでしょうし、それ自体を否定するつもりもありません。

ただ、そこには「そういう自分でありたい」という気持ちも少なからず

含まれているように見えるのです。

歩きコーヒーも同じです。

コーヒーを飲みながら移動しているというより、

コーヒーを飲みながら移動するライフスタイルを楽しんでいる。

都会的で、効率的で、少し忙しそうな自分を演出している。

そもそも、コーヒーを飲む時間すら削って得られる効率など大したものではないでしょう。

その程度の差で成果が劇的に変わるほど会社員人生は単純でもありません。

それなら座ればいい。

腰を下ろして、少しだけ頭を整理しながら飲めばいい。

私はそう思います。

コーヒーくらい、座って飲みたい

若い頃の私は効率を重視していました。

移動時間は短い方がいい。待ち時間は無駄。何でも早い方がいい。

そんなふうに考えていた気がします。

ところが年齢を重ねるにつれて、不思議と考え方が変わりました。

効率だけでは測れないものがあると分かってきたのです。

何もしない時間。ぼんやりする時間。本を読む時間。そしてコーヒーを飲む時間。

そういう余白に価値を感じるようになりました。

だから私は今日もスターバックスで蓋を外します。

若い頃は飲み方が分からなくて外していました。

今は自分の意思で外しています。

理由は変わりましたが、行動は三十年近く変わっていません。

妻の言う通り、それがおじさんの証拠なのかもしれません。

それでも私は、歩きながらコーヒーを飲むより、椅子に座ってゆっくり飲みたい。

そういうわけで、私はこれからも蓋を外す。

そういう頑固なところがおじさんなんだとは思いながらも。(笑)

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