竹やりを握って近代戦に突っ込んだ──Aサイドだと思い込んで転職活動をして無残に散った40代半ばサラリーマン、という話

サラリーマンの独り言

mutoです。

はい。タイトルのサラリーマンとはもちろん私のことです。

自分では、
「一社で20年近く働いてきた(キャリアを積んできた)」
「それなりの経験も実績もある」
そう思っていました。

だから、転職活動においても、どこかで
「自分はAサイドだ」
そんな前提を置いていたのだと思います。

しかし、現実は違いました。
私はAサイドではありませんでした。
完全にBサイドでした。

これは、その事実を突きつけられるまでの話です。

4年ぶりの転職活動は、一本の連絡から始まった

昨年、私は実に4年ぶりに転職活動を行いました。
ただし、自分から動いたわけではありません。

きっかけは、
数年前に登録したまま放置していた転職エージェントからの連絡でした。

「あなたをぜひ推薦したい企業があります」

業界は今の会社と同じ。
職種もこれまでのキャリアから大きく外れていない。
そして何より目を引いたのが、年収が今より約200万円アップという条件でした。

生涯年収をエクセルで叩き込み、「理屈」で自分を納得させた

勢いだけで動く年齢ではありません。
役職定年は、相手先の会社の方が早いという条件もありました。

そこで私は、
昇給、賞与、役職定年後の年収まで含め、
生涯年収のシミュレーションをエクセルで徹底的に行いました。

結果はこうです。

「生涯年収という面ではどう考えても、転職した方が有利!」

そう結論づけ、ガチで受けることにしました。

書類選考通過、そして仕事に身が入らなくなる

書類選考は無事に通過しました。
エージェントとの面談練習も終え、一次面接へ。

この期間、正直に言います。
仕事にはほとんど身が入りませんでした。

・どうせ転職するしな
・受かったらどう動くか
・年収はどうなるか

そんなことばかり考えていました。

「仕事中に転職のことを考えるな」
正論です。でも、正直無理です。

結果として、今期の評価はおそらく辛口になるでしょう。
完全に自業自得です。

一次面接で感じた、決定的な違和感

一次面接はオンラインで行われました。


画面越しに現れた転職希望先の部長を見た瞬間、私は思いました。

「あれ? 私を欲しいと思っていないな」

言葉が冷たいわけではありません。
否定されたわけでもない。

ただ、
表情はほとんど動かず、
相槌は最低限、
こちらの話に深く踏み込んでくることもありませんでした。

面接というより、
「義務として話を聞いている」
そんな空気感でした。

そして、ふと頭をよぎった言葉があります。

「あれ? 私ってAサイドじゃないの?」

そこから先は、正直かなり無残でした(笑)。

「Aサイド」と「Bサイド」という感覚

ここで少し補足しておきます。

私が言うAサイドとは、
企業側が「ぜひ欲しい」「この人を逃したくない」と思っている候補者のことです。

会話は前向きで具体的になり、
条件面の話も自然と出てきます。
面接は確認作業に近い状態です。

一方でBサイドは、
「悪くはないが決め手に欠ける」
「他にも候補者はいる」
その程度の温度感で見られている立場です。

今回の面接で、私ははっきり悟りました。

自分はAサイドではなかった。
完全にBサイドだった。

お祈りメールと、想像以上のダメージ

一次面接の結果は、お祈りメールでした。

正直、行く気満々でした。
受かる気しかしていませんでした。

だからこそ、
この結果は想像以上にメンタルに来ました。

今振り返ると、
完全に心が先に行きすぎていたのだと思います。

自分が甘かった点は、今ならはっきり分かる

振り返ると、甘かった点は明確です。

エージェントの言葉を真に受けすぎた

エージェントの仕事は、
候補者を面談に持ち込み、内定を取らせることです。

気分の良い言葉をかけるのも仕事のうち。
それを分かっていながら、
本気で信じてしまった私が愚かでした。

自分のキャリアに自信を持ちすぎていた

もう一つは、完全に「うぬぼれ」です。

20年近い社会人経験。
一社で積み上げた年数。

「この経験は欲しいと思われるはずだ」
そう思い込んでいました。

しかし、それは昔の価値観でした。

竹やり特訓と、私の転職活動は同じだった

太平洋戦争時、日本軍は
竹やり特訓によって米兵の上陸作戦に対抗しようとしていました。

精神力。
気合。
忠誠心。

しかし相手は、近代兵器と物量を備えた軍隊です。

冷静に考えれば、
**そりゃ無理やで……**という話です。

そして今回の私の転職活動は、
この構図とほとんど同じでした。

価値観が変わった戦場に、昔の武器で立っていた

「1社に20年勤めた」
「真面目にやってきた」
「耐えてきた」

それらは、かつては確かに武器でした。

しかし令和の転職市場で問われるのは、

  • 今、何ができるのか
  • どんな価値を出せるのか
  • 変化に適応できるのか

精神論ではありません。

私は、
竹やりを握りしめたまま、近代戦に立っていた。

勝てるわけがありません。

この失敗は、無駄ではなかった

正直、かなり堪えました。
ただ、この経験がなければ、
私は今でも「自分はAサイドだ」と思い込んだままだったはずです。

この転職活動は失敗でした。
しかし、完全な無駄だったとは思っていません。

今年、どうするのか

今のところ、明確な答えは出ていません。
ただ一つ言えるのは、
昨年と同じ感覚で転職活動をすることは二度とないということです。

転職は、年収だけで測れるものではありません。
そして、期待しすぎると、その反動は想像以上に大きい。

この話が、
同じようにキャリアに違和感を抱いている誰かの、
現実的な判断材料になれば幸いです。

今日のところは、以上!

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