追悼、久米宏というの話

サラリーマンの独り言

mutoです。

少し前の話になりますが、
**久米宏**さんが亡くなりました。

私の中での久米宏は、圧倒的に
**ニュースステーション**の人です。
夜のニュースを、「ただ流れている情報」ではなく、
つい見てしまう時間に変えた存在でした。

今のニュースショーを見ていると、
バラエティに振り切るか、
真面目さに寄せすぎるか、
どちらかに偏っているように感じます。

久米宏は、そのどちらでもありませんでした。

太陽系のような立ち位置

久米宏は、ちょうど真ん中に立っているように見えました。
でもそれは、器用にバランスを取っていたからではないと思います。

太陽系にたとえるなら、
どこかの惑星に属するのではなく、
自分の軌道を保ったまま回り続けていた存在

どこかに寄れば、もっと楽だったはずです。
でも寄らない。
その代わり、常に一定の速度と緊張感を保つ。

だから視聴者は、安心しきることも、
完全に距離を取ることもできなかった。

「生意気だ」と言われていたという話

久米宏が『ニュースステーション』を降板した頃、
私は社会人一年目で、正直よく分かっていませんでした。

ただ、父はよく言っていました。

久米宏は生意気だ
ああいう傲岸不遜な態度が気に食わない

かなり辛辣な評価です。

それでも、我が家の夜は必ず
『ニュースステーション』でした。
文句を言いながら、チャンネルは変えない。

今思えば、これが答えだった気がします。

無視できなかった人

久米宏は、好かれる人ではありません。
少なくとも、万人受けするキャスターではなかった。

生意気だと思われ、
偉そうだと反感を買い、
それでも見られていた。

好きだからではなく、
無視できなかったからです。

覚悟がにじんだ人だったのではないか

久米宏は、
自分がどう見られているかを、
たぶん誰よりも分かっていた人だったのではないかと思います。

視聴者に寄ろうと思えば、
それは簡単だったはずです。
言葉を丸め、態度を柔らかくし、
「感じのいい人」を演じることもできた。

でも、それをやった瞬間に、
ニュースキャスターとしての役割は終わる。
彼はそのことを分かっていた。

だから、覚悟を持って生き方を決めた。
結果として、生意気に見えた。
同時に、どこか哀愁も漂った。

好かれないかもしれない。
嫌われるかもしれない。
それでも、自分の軌道を外れない。

その覚悟が、
色気やダンディさとして滲み出ていたのだと思います。

同じ年齢になって思うこと

彼が最も油の乗っていた年齢に、
気がつけば自分もなっています。

正直に言えば、
私はまだ「無視できない人」ではありません。


むしろ、無視されないように
無難に振る舞っている側です。

だからこそ、
父が「生意気だ」と言いながら
それでも目を離せなかった理由が、今なら分かります。

久米宏は、
好かれなくてもいいが、
どうでもいい存在にはならない

という立場を引き受けた人でした。

精進するしかない

どこにも寄らず、
それでも黙らず、
自分の軌道を保ち続ける。

簡単ではありません。
でも、目指す価値のある背中です。

心から、ご冥福をお祈りします。

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