安田忠夫という“不器用な人生”が残したもの、という話

サラリーマンの独り言

元新日本プロレスの安田忠夫が亡くなりました。


62歳。

人生100年時代と言われる今ですから、
やはり早すぎる死だと思います。

力士として、プロレスラーとして肉体を酷使し、

同時に(自分起因とは言え)ギャンブルに伴う精神的な摩耗を続けてきた人生を思えば、
まさに「太くて短い」、どこか安田らしい最期にも感じてしまいます。

恵まれた体躯を持ち

大相撲で三役(小結)まで出世しながら相撲を離れ、プロレス入り。
猪木という巨大な存在に翻弄される形で
(少しだけ)総合格闘技へ。

象徴的なのが、ジェロム・レ・バンナ戦でした。

本来は小川直也が予定されていた試合。


それを断った小川と、受け入れさせられた安田。

己を貫いた者と、流れに身を任せざるをえなかった者。

人生の悲哀を感じさせますね。

まさかのバンナ戦勝利の後、“ご褒美”のようにIWGP王座を戴冠。

しかしその後は、立ち回りが下手なのか
魔界倶楽部や猪木ゲノムの中で
時代に消費されていく存在になっていった。

引退後は相も変わらず借金問題も抱え、
最後は警備員として静かに暮らしていたと聞きます。

振り返れば、流され続けた人生だったということになるのかもしれません。

人生の先輩に対して大変失礼ながら、

正直に言って、
決して割に合う人生には見えません。

それでも安田は卑屈にならず、
どこか朗らかに笑っていました。

その不器用な明るさこそが、
安田忠夫という男の本質だったのだと思います。

そして何より、
完成度は決して高くない、というかほぼ素人に近いもの同士のような
バンナ戦が、なぜか心に残っている。

技術でも才能でもない。人生そのものが滲み出ていたからでしょう。

思えば総合格闘技(MMAとは言わない、言えない笑)ど素人同士の試合を
大晦日のメインに据え、地上波で放送していた当時の日本。

今思えば、かなりクレイジーです。

結局格闘技、というものがプロレスの延長線上ととらえられていた

あの時代ならではですね。


あの時代、完成度よりも
必死さや物語に価値を見出す確かな熱がありました。

今は、大谷翔平や井上尚弥のような、
歴史に残ることが約束された完成されたエリートだけが
強い光を浴びる時代です。

完璧でなければ、スターになれない時代。

だからこそ思うのです。

不格好で、拙く、決して美しくはなかった
安田とバンナのあの一戦。

それでも――
あの夜、確かにスターは生まれた。

肩書きでも完成度でもなく、

プロレス的な演出による人間力によって。

もしそうだとするなら、
あれはきっと、

人間力だけでスターが生まれ得た時代の、
最後の残り火だったのでしょう。

安田忠夫は、英雄ではありません。

成功者とも言えない。

むしろ弱く、不器用で、
人生に何度もつまずいた人だったのかもしれない。

完璧ではない人間が、それでも笑って生きていた。

その姿に、確かに感動を覚えた人間がいた。

私もその一人でした。

ご冥福をお祈りします。

今日のところは、以上!

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