mutoです。
君は「カマキリ」「トンボ」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
昆虫?
夏休みの虫取り?
……違う。
自転車のハンドルの話です。
これ、私の周りだけでしょうか。
今の若い人に言っても、まず通じません。
昭和〜平成初期、小学生男子の自転車は二択だった
当時、小学生男子の自転車には、だいたいこの二択がありました。
- 前に突き出した カマキリ
- 横に広がった トンボ


今ではほとんど見かけません。
特にカマキリは、ほぼ完全に姿を消しました。
トンボは、いわゆるシティサイクルでは見ませんが、
ロードバイクやクロスバイクの原型として、
形だけは生き残っています。
今思うと、カマキリは普通に危ない
まず大前提として言います。
カマキリハンドルは、普通に危ない。
前傾姿勢、重心は前。
ちょっとした段差で、簡単に前に持っていかれる。
今の感覚で見るると、
「よく子どもが乗っていたな……」
としか思います。
カマキリが分からない人には、こう言えば通じる
ここで一度、翻訳します。
「カマキリ」と言われてピンと来ない人もいるでしょう。
そういう人には、こう言えば分かる人が一気に増えます。
鬼ハン(鬼ハンドル)。
そう。
無意味(笑)に角度をつけた自転車のハンドルのことです。

意味はありません。
実用性もありません。
速くもならないし、ただただ危ない。
ひたすら、イキっている。
それが、当時のカマキリでした。
さらに分かりやすく言うと「ハーレーの真似」
もう一段、噛み砕きます。
カマキリ(鬼ハン)は、
ハーレーダビッドソンのハンドルをイメージすればいい。

腕を高く掲げる、角度のついたハンドル。
チョッパー系の、あの感じです。
あれは、
- 車体が低い
- 重心も低い
- 大排気量で直進安定性が高い
からこそ成立する形状です。
それを自転車でやった結果
問題はここです。
それを、そのまま自転車でやった。
- 車体は軽い
- 重心は高い
- ブレーキ性能も貧弱
結論はシンプル。
大事なことなので、何度も言います。ただ危ないだけ(笑)
機能的な意味はゼロ。
あるのは、見た目と虚勢だけ。
はっきり言いましょう。カマキリは「自転車暴走族」
ここからが本題です。
はっきり言いましょう。
カマキリ型の人間は、だいたい暴走族を脳内イメージしていました。
つまり、
自転車暴走族(笑)
当時はまだ、
- 暴走族=反体制
- 暴走族=強さ
- 暴走族=かっこいい
という感覚が、社会のどこかに残っていました。
その縮小コピーが、
小学生 × 自転車 × 鬼ハン。
だから乗るのは、だいたい「そういう奴」だった
構図は、今思えばかなり分かりやすい。
やんちゃな奴は、だいたいカマキリ。

私と同じ40代半ばの皆さん。
あなたの周りも、だいたいそうじゃなかったですか?
クラスに一人か二人。
口が達者で、態度がデカくて、
先生にもどこか舐めた空気を出しているタイプ。
そういう奴が、
だいたいカマキリ。
スピードを出し、
**ジュースを飲みながら(笑)**走っている。
完全に、
脳内では暴走族です。
本気で不良になりたいわけではない。
でも、
- はみ出している感じ
- 強そうな感じ
- 大人に一目置かれたい感じ
それを、自転車一台に全部詰め込んでいた。
トンボ側の人間も、確実に存在した
もちろん、
カマキリに行かなかった人間もいます。
トンボ。
- 無難
- 安全
- 地味
スクールカースト的には、だいたい下側。
ちなみに私は、
言うまでもなくトンボでした。
「カマキリ」「トンボ」は全国共通だったのか?
補足しておきます。
この呼び名は、
正式名称でも、業界用語でもありません。
子ども社会で自然発生した俗称です。
全国共通ではない。
ただし、
- 昭和〜平成初期
- 小学生男子
- 自転車文化が濃かった地域
この条件がそろうと、
かなり広い範囲で通じていた。
全国一律ではないが、
同時多発的に生まれ、
多くの地域で通じてしまった言葉。
そんな存在だったのでしょう。
今のママチャリに「個性」がない理由
今のシティサイクルには、
正直言って個性がありません。
でもそれは退化ではない。
自転車に個性を背負わせなくてもいい時代になった
というだけです。
自己表現は、
- 服
- スマホ
- SNS
いくらでも別の場所にある。
今「何あれ?」と思えるなら、それでいい
今、これを思い出して
「何あれ?」
と思える。
それは、
感覚がちゃんと更新された証拠です。
たかが自転車のハンドル。
されど、自転車のハンドル。
そこには、
- 鬼ハン
- 暴走族幻想
- 虚勢
- 立ち位置
- 時代の空気
すべてが詰まっていました。
苦笑したあなたは、
たぶんトンボ側です。

私もそうでした。
そして今も、たぶん。
今日のところは、以上!




コメント