フジテレビ50億円訴訟──司法が世論に負ければ、“そして日本全国みんな請求される”未来が来る、という話

サラリーマンの独り言

フジテレビが前社長と元専務に対して50億円の損害賠償を請求しました。

フジテレビ、元社長の港浩一氏らに50億円の損害賠償求め提訴
【読売新聞】 フジテレビを巡る一連の問題で同社は28日、元代表取締役社長の港浩一氏と元専務取締役の大多亮氏に対し、50億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したと発表した。 2023年6月に元タレントの中居正広氏と同社元女性アナウンサ


「厳しいガバナンスの姿勢」に見えなくもないですが、実態は違います。
フジは世論に屈し、元経営者をスケープゴートにしただけ。

そしてもしこの訴訟が認められてしまえば、責任は無限に広がります。
スポンサー企業だけじゃない、最終的には「めちゃイケを見ていた私たち視聴者」にまで請求が飛んでくる──そんなブラックジョークみたいな未来が見えてきます。

1. 法的責任と“雰囲気責任”のすり替え

会社法423条は、取締役が任務を怠った場合に会社に対して損害賠償責任を負うと定めています。
ただし、それが成立するには 「具体的な命令」や「明確な怠慢」 の証拠が必要です。

では、元社長や専務が直接、性被害にかかわる命令を出したのでしょうか?
あるいは「見て見ぬふり」という形で怠慢をしたのでしょうか?

おそらく、そうではないでしょう。


仮に「怠慢」と言えるものがあるとすれば、それはまず コンプライアンス担当役員や被害者ラインの管理職 のレベルです。

では、なぜ社長・専務が訴えられるのか。
その根拠は「そういう会社の空気を作ったから」という、とらえどころのないものに過ぎません。
それで50億円の賠償? 本当に責任を問えるのでしょうか。

2. JR宝塚線脱線事故が示した司法の矜持

2005年、JR福知山線脱線事故では107名が命を落としました。
世論は経営者を厳しく断罪せよと叫びましたが、司法は「予見可能性なし」と判断し、歴代社長を無罪としました。

司法は世論に屈せず、冷静に法理を守ったのです。

今回のフジのケースも本質は同じです。
「経営者が空気を作った責任」を問えるのかどうか。
司法が法を守るか、それとも世論に負けるかが試されているのです。

3. 弱者いじめの構造

今回の訴訟で矢面に立たされたのは、すでに退任した前社長と専務だけ。
当事者タレント、現場の責任者、コンプラ担当役員──本来責任に近い人たちはお咎めなしです。

これは内部統制の改善ではなく、「誰かを差し出して終わりにしたい」という弱者いじめに近い構造です。

4. 責任の無限拡張というバタフライエフェクト

そして、ここからが一番の問題です。

  • 現場はいつの間にか置き去りにされ、
  • 被害を生む空気を作ったとして経営者が訴えられる。

それならば──

  • その経営者を承認してきた株主に責任はないのか?
  • そんな経営者がいる会社と取引していた企業に責任はないのか?
  • そんな空気を持った会社が作った番組を楽しんでいた視聴者に責任はないのか?

しかもフジはかつて視聴率三冠を取っていました。
ということは、その「空気」を支持していたのは結局、日本国民全体だったのでは……?

こうなると、責任はどこまでも拡張されます。
スポンサー、代理店、視聴者、そして最後には国民みんなが共犯扱いになる。

5. 一国民としての危機感

私は信じたいんです。
司法は世論に負けない。
「空気責任」ではなく「法的責任」で判断してくれる。

もしそうでなければ、日本は「法治国家」ではなく「空気治国家」に転落します。
経営者は萎縮し、投資家は逃げ、社会全体が閉塞してしまうでしょう。

6.最後に

もし司法が負ければ、最後はどうなるのか。

社長・専務が50億。
次にスポンサーが吊るされる。
そして「めちゃイケを笑って見ていた私」も、
「『ワンピース』を夢中で追いかけていた人」も、
「『ドラゴンボール』でかめはめ波を真似した人」も、
「『ちびまる子ちゃん』を家族で見ていた人」も、
さらにはお台場に遊びに行った観光客までも、共犯として請求される。

まるでアガサ・クリスティの推理小説さながら──
「そして日本全国みんな請求される」

そうなる前に言いたい。

そろそろ根拠なき魔女狩り、やめませんか?

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