mutoです。
正直、意味が分からない。
最近、小学生のあいだで「ぷっくりシール」が大流行しているらしい。
先日、姪っ子に実物を見せてもらった。

……いや、立体すぎるやろ。
あれノートに貼ったら書かれへんやん。
手帳なんかに貼ったら段差で予定が狂うレベルである・・・。
にもかかわらず。
雑貨屋では購入制限。
入荷日は非公開。
開店直後に売り切れ。
さらにはメルカリで高額転売まで起きているという。
ただのシールやで?
おっさんには理解不能である。
でも、ちょっと待て
ここでふと思った。
……いや、俺らも同じことやってたな。
そう。
ビックリマンシール。

チョコ?
あれは本体じゃない。
完全にシールが目的だった。
友達の家には箱買いする猛者がいたし、
学校では交換市場が成立していた。
シール欲しさにチョコはその場で捨てる、みたいなことが普通であり、
それが問題になっていた。
それぐらいレアを持っているやつがヒーロー。
小学生社会、完全に資本主義である。
ちなみに、へそ曲がりの私はビックリマンよりガムラツイスト派でした。
やってることはいっしょですけれど。
ロッチという謎の記憶
そして忘れてはいけない存在。
偽物シール。
本物はロッテ。
でも時々出てくる。
ロッチ。
漫才師の方ではありません。

名前からして怪しい。
印刷は雑。
色も微妙。
キラキラ感ゼロ。
子どもでも一瞬で「あ、違う」と分かるレベルだった。
今思うと不思議だ。
本気で騙す気があったのか。
それとも時代が大らかだったのか。
昔って、こういう“ゆるさ”が普通に存在していた気がする。
むしろ今の方が健全なのでは?
ぷっくりシールの過熱ぶりを見ると驚く。
でも冷静に考えると、
- 購入制限あり
- 店側の管理あり
- 転売対策も一応存在
している。
ビックリマン時代は完全に無法地帯だった。
もしあの頃にメルカリがあったらどうなっていたか。
たぶん地獄である。
ヘッド1枚数万円。
小学生転売ヤー爆誕。
学校が市場になる。
チョコ廃棄問題どころの騒ぎではなかった気がする。
そう考えると、今の方がまだ健全なのかもしれない。
人は変わらない
結局のところ、
ぷっくりシールが理解できないのではない。
主役の世代が変わっただけなのだ。
昔はビックリマン。
今はぷっくりシール。
大人になった私たちは言う。
「ただのシールやん」
でも、きっと当時の大人も同じ顔をしていた。
役に立たないものに夢中になる。
集める。
見せる。
交換する。
ちょっと自慢する。
人間はずっとこれを繰り返している。
次の時代もまた、
意味の分からない何かに子どもたちは熱狂するのだろう。
そして未来のおっさんが言う。
「意味分からん」と。
――歴史は、だいたいシールでできている。
今日のところは、以上!




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