「AIで労働から解放される」って言う人ほど、実はあまり働いていない説、という話

サラリーマンの独り言

mutoです。

「これからはAIの時代だ」「人間は労働から解放される」

ここ数年、何度も聞いたフレーズです。

こういう話を語るのは、だいたい決まった顔ぶれ。
たとえば
「ホリエモン」や「ひろゆき」あたり。

頭は切れるし、弁もたつ。
言っていることも、部分的には正しい。

ただ、どうしても拭えない違和感があります。

この人たち、一般的なサラリーマンとしては、ほとんど働いていない。(笑)

少なくとも、

  • 人事評価コメントを書いたことがない
  • 月報の〆切に追われたことがない
  • 意味の薄い会議に週何本も拘束されたことがない

そういう世界とは、かなり距離がある。

その立場から
「AIで労働はなくなる」
と言われても、現場の人間は正直ピンとこない。

私はAIを使い倒している側の人間です

誤解がないように言っておくと、
私は生成AIをかなり使っています。

仕事では、

  • 人事評価コメント(笑)
  • 月報のたたき台
  • 資料校正のアイデア出し
  • 翻訳

プライベートでは、

  • ブログ記事ネタの壁打ち
  • 人生相談(笑)
  • 家族旅行の行き先候補、費用感、乗り継ぎ案内

本当に優秀です。
これは否定しようがない。

AIがなければ、情報を探して、比べて、組み合わせて、
かなりの時間を使っていたはずです。

確かに、仕事のやり方は激変しました。

でも、労働量は減っていない

ただし。

AIで仕事が楽になったか?
と聞かれると、答えは微妙です。

私が社会人になった20年ほど前。

  • 一人一台のPC(デスクトップ)
  • スマホなし
  • ネット環境も今ほど快適ではない

今と比べれば、圧倒的に不便でした。

それから20年。

  • 高性能PC
  • スマホ常時携帯
  • どこでもネット

では、労働時間は減ったでしょうか。

体感では、むしろ増えています。
精神的にも、頭脳的にも、確実に疲れている。

理由ははっきりしています。

仕事が楽になった分、
求められるクオリティが一段上がった。

これです。

ZOOMとTeamsが証明したこと(余計な機能、全部ここ)

AIとは少し違いますが、象徴的なのがオンライン会議です。

ZOOMやTeamsのおかげで、

  • 移動不要
  • 会議室予約不要
  • 30分だけ開催可能

一見、便利になりました。

その結果どうなったか。

「じゃあ一回、軽く話しましょうか」

この一言で、会議が量産されました。

しかも最近は、

  • カメラON推奨
  • 背景ぼかし
  • リアクションボタン

……いや、**いらん機能つけすぎでは?**と思います。

カメラが映っているからって、
聞いているわけないじゃないですか。

  • 目線は別モニターでネット記事を見ている(笑)
  • マイクは基本ミュート
  • 名前を呼ばれてから「えっと……」

これ、完全にオンライン会議あるあるです。

映っている=参加している
ではありません。

それでも会議は減らない。

なぜなら、

  • 集まった事実は残る
  • 議事録も残る
  • 誰も決めなくても「やった感」は出る

つまり、

会議のハードルが下がっただけで、
決断のハードルは何も下がっていない。

……結果どうなったか。

会議、増えとるやん!

AIも、きっと同じ道を辿る

生成AIも、おそらく同じです。

  • たたき台が一瞬でできる
  • 情報収集が不要になる
  • 思考の初速が爆上がりする

だからといって、

よし、仕事減らそう

とはならない。

現実は、

じゃあ、それ前提で出してね

になります。

AIで楽になった分、
それを使いこなした成果が最低ラインになる。

結果、

  • 労働は高度化し
  • 疲労は知的・精神的に移行する

結局、こういう話なのだと思う

ツールは進化しました。
AIも、PCも、スマホも、オンライン会議も。

でも、

  • 労働は減らない
  • 会議は減らない
  • 求められる水準だけが上がる

たぶんこれは、ツールの問題ではありません。

人間がそういう生き物だからです。

「もう諦めよう・・・」

そう思って、私は今日も働きます。

今日のところは、以上!

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